映画「ヴェラ・ドレイク(Vera Drake)」(2004年)のあらすじと感想

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監督-マイク・リー 2004年 125分

脚本-マイク・リー

出演-イメルダ・スタウントン、フィル・デイヴィス、ダニエル・メイズ、アレックス・ケリー、エディ・マーサン、他

「ヴェラ・ドレイク」のあらすじ

1950年代のイギリス、下町の小さなアパートに住む4人家族の母親ヴェラ・ドレイクは、家族のみならず、近所の困っている人の面倒を見たりする世話好きで、日々誰かのために行動をするのが日課になっていた。

ヴェラは家政婦、父は車の修理工場、息子は仕立て屋、娘は工場で働き、一家は決して裕福ではないが、それなりに幸せな日々を送っていた。

内気な娘のエセルは、ヴェラが食事に誘った近所の青年レジーと仲良くなり、婚約することに。

お祝いムードに包まれる一家だったが、ヴェラが家族に内緒で行っていた行為が原因で、一転暗雲立ち込めるのだった。

「ヴェラ・ドレイク」の感想

質素だが魅力的なドレイク一家

昔のイギリスが舞台のヒューマンドラマ。

面白かった。

下町に住む庶民を中心に描かれた会話劇であり、決して派手な描写こそほぼないものの、ドレイク一家の質素だが幸せに暮らし、近所の人にも優しく接するその生活描写に、微笑ましくも惹きこまれた。

まるで江戸の長屋の様な、素敵な下町文化がイギリスにもあったんだ、と思って嬉しくなる。

家は決して裕福ではないが、父親には品や深みもあるし、息子も親しみやすく、内気な娘も良い味が出ている。

ヴェラが捕まり、息子が怒っている時に、父が「あいつは若いから白か黒しかないんだ、気にするな。」とヴェラに言っていたのが、実に深いと思った。

主人公のヴェラは言うまでもなく、優しい人間である、というのがその振る舞いからよく伝わってきて、非常に良い。

狭い部屋に一家でいみじくも生活している感じは、日本の高度経済成長期の住み方に似ている気もして、親しみを感じる。

内気な娘のエセルが、同じく似た雰囲気を持つ控えめな印象のレジーと結ばれる感じも、微笑ましくて実に良い。

イギリスは島国で、イギリス人は自己主張が強くない人も多い印象で、アメリカ人よりも日本人の性格に近いんじゃないかと思う。

そういう人達にもスポットが当てられて描かれているのにも好感が持てる。

考えさせられるヴェラの行動

ヴェラが隠れて行っていた中絶が警察にばれ、ヴェラは逮捕されてしまうが、本当にその人達を助けたいと思っていた感じが伝わってくるので、涙腺を刺激された。

と同時に、これは良いことなのか、という事も考えさせられた。

ヴェラが助けている人の中に、暴行を受け、本当に困って助けを求めている人もいれば、中絶することを何とも思っていない、遊び半分で、という様な連中も交じっていたので、そこは必ずしも良いとは限らないとも思う。

もちろん、違法なやり方なので、逮捕されて致し方ない。

仮に違法でなくても、中絶すること自体どうなのか、というのは今も世界的に大きな議論のテーマになっていることで、答えが出づらいことではある。

中絶などしないに限るが、中絶するか否かという判断に至るプロセスが非常に大事であり、一言で中絶は悪、と言い切ることは出来ず、ケースバイケースである、と思う。

この作品の時代の様に、男性優位で、暴行を受ける人が少なくなかったり、避妊具の質が悪かったり、ましてや貧しい人がどうにも出来ないシステムを国が放ったらかしにしているのであれば、ヴェラの様な人が出てくるのはやむを得ないと思う。

国がちゃんとしていて、事件性のある妊娠の中絶には費用は免除される、などの制度があればいいが。

それでも、誰にも知られたくない、公にしたくないから秘密でやりたい、という人は0ではないだろうが。

ヴェラは報酬ももらっていない、捕まる前に施術した人は危うく命を落としそうになってしまったものの、基本的には危ないやり方もやっていなくて、ヴェラが良かれと思って施術をやり続けていたことは間違いないが、人を見て断る、という事をしても良かったのではないかと思う。

それは、本当に困っている人にはやってもいいが、中絶することを何とも思っていない連中に、無料で秘密裏にやってあげるリスクを負う必要など微塵もない。

そこは、ヴェラもしょうがないな、と思いつつもやっていたのだろうが、そういう人だと分かった時点で断るか、強い説教の一つでもかましてやっても良かったと思う。

そこは、ヴェラも少し事務的な作業になってしまっていたのかなと思う。

困った人を助ける、という行動ではなく、中絶の作業をするという行動に慣れてしまった、というか。

そこの葛藤がもっと描かれていたら良かったなと思った。

もっとというか、そこについての葛藤らしきものはほぼ見受けられなかった。

とにかく、施術をしてあげればいい、としか思っていなくて、それがどんな人であれやる、と決めている感じ。

ある種プロ意識みたいなものを持っていたのかもしれないが。

ヴェラはなぜあんなに取り乱したのか?

ヴェラの行動で引っ掛かったのが、警察に事情聴取をされ始めるとビックリし、それからずっと取り乱していた点だ。

自分が施術した女性が死にかけた、ということに対して涙を流し、自分を責めるのは分かるが、それだけでなく、自分が逮捕される、逮捕されて家庭に傷をつけてしまう、ということなど全てを含めて泣いているように見えた。

逮捕される可能性や、そうなれば当然家族に迷惑をかけることなど、まるで微塵も想像していなかったかのような印象を受け、あまり深みを感じなかった。

そういうキャラクター設定なのかもしれないが。

そこは、もうとっくに覚悟していて、最後の女性が危険にさらされたことに対しては涙を流すが、この日が来たか、ともっと胸を張って凛としていて欲しかった。

家族に言えば当然反対に合うし、だけど自分に出来ることで人を助けたかった、それに後悔はしていないし、罰は甘んじて受ける、という感じだったら、もっと深い話になったと思う。

そこのヴェラの感じが、今までのヴェラの感じじゃなく、ちょっとおバカさんのように見えてしまい、なぞそんな感じにさせたのかな、と思った。

結局頭が回らないおバカさんの素人が、プロの医者ぶっていい気になって、自己満足のためにやっていたのかな、という風に、捕まってからのヴェラの振る舞いで一気にそう見えてしまう。

そうなってしまうと、見ている側に、なんだ、ただの変なおばさんだったんだ、と軽く浅い解釈をさせてしまうので、捕まってからのヴェラの振る舞い、脚本は間違っていると思う。

上記にも書いたが、中絶を何と思っていない遊んでいる女性に対しての行動もそうだ。

そんな風に見せたい作品ではないはずなのに、非常にもったいないと思った。

見る人によってはきっと、ヴェラはおかしな人間で、それが主人公の変な映画だ、と勘違いする人がいるだろう。

この作品は、そんな浅い話じゃない。

現代にも通ずるテーマを扱い、当時の社会の生きづらさや、何が生きる上で幸せかなど、ヴェラという善人を通して描いた問題作である。

上記の理由から、もっと改善の余地はあった、もっと深く面白くなった、という感は否めないが、それでもドレイク一家を取り巻く人間ドラマが素朴だが魅力的で、全体として色々感じさせられる作品ではあった。

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