映画「怪物(2023)」が”物足りない”理由と考察、その感想

④物足りない☆2

映画 「怪物」

監督-是枝裕和 2023年 126分

脚本-坂本裕二

出演-安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、田中裕子、角田晃広、高畑充希、他

映画「怪物」のあらすじ

クリーニング店で働くシングルマザーの沙織は、一人息子の小学生、湊と二人暮らしをしている。

父親は亡くなってしまっているが、二人で冗談を言い合ったり、平穏な日々を過ごしていた。

ところがいつからか、持ち帰った水筒の中にゴミが入っていたり、自分で髪を突然短くしたり、顔にケガをして帰って来たりなど、湊のいつもと違う行動が目立つようになる。

そんな湊を見て、沙織は息子が学校でいじめられているのではないかと疑いを持つ。

ある日、夜になっても帰らない湊を沙織が探しに行くと、湊は真っ暗なトンネルの中で「怪物だ〜れだ」と言って一人で遊んでいた。

帰り道、沙織が問い詰めると、担任に豚の脳と言われ、暴力を振るわれた、と湊が告白する。

沙織は学校に話を聞きに行くが、その学校の対応は不誠実極まりないものだった。

“物足りない☆2”理由と考察、その感想

引き込まれる序盤、親子のリアルな日常

序盤から、普通の親子の日常を切り取った様なリアルな雰囲気の映像に非常に引き込まれた。

家の中などの映像も、本当の家のような雑多な生活感があり非常に良い。

映像が心地良いリズムで飽きる前に次々と転換していく感じも非常に見やすい。

音楽も相まって、映画を見てるんだ、という非日常を感じさせてくれて嬉しくなった。

この監督は、そういう映像の撮り方や場面転換など、映像自体をリアルに見せることの出来る、日本では稀有な監督だと思う。

もしこのレベルで日本の全てのドラマが放送されていたら、一応全部見てしまうかもしれない。

せめて最低レベルでこのくらいの緻密な演出、リアルさで、ドラマも作って欲しいと思う。

安藤サクラの普通の母親感もナチュラルで良いし、この子供に一体何があったんだ、と引き込まれる序盤だった。

しかし、母親が担任からの息子への暴力を疑って校長達との面談が始まった当たりから少し違和感を感じ、息子の謎が徐々に明かされていく、保利先生目線のドラマ当たりでその冗長さにもう飽きてしまった。

良かったのは最初の1時間弱くらいで、そこからは頑張って見る、という感じになってしまった。

何となく予想していることが繰り返し目線を変えて語られているだけで、頭を大きく超えないし、そういうことか、という新たな真相も含まれているが、今までの感じ方が全てひっくり返るほどの謎ではなかった。

「怪物」という穏やかでないタイトルや、序盤から流れる息子の不気味な謎感がサスペンス要素をかきたて、対応が気持ち悪い校長達とのドラマも相まって、期待感が少し膨らみかけたところで、見事にしぼんでいった。

サスペンスなのか、SFなのか分からないが、序盤でこっちが勝手に想像させられたエンターテインメント的な展開では全く無く、実に現実的な問題を描いている人間ドラマだった。

テーマ自体は悪くないが。

その謎の明かし方や真相も、なるほどなるほど、そういうことか、と分かれば分かるほど上がっていく訳ではないので、その序盤の期待感がピークだった。

あざとい大人たちの演技、不可解な展開が物語を破壊する

この作品が言いたいことは分かるが、その見せ方や役者の演じ方も含め、頭でっかちな作品に感じた。

登場人物は普通の人ばかりだが、そういう人達も怪物になり得るという、偶然なども重なって見事に無意識の悪があぶり出された、という訳ではない。

このストーリーの大人達はみんな変なやつばっかりだ。

なので、普通の人達に対する無意識の怖さへの警鐘やアンチテーゼとしては物足りない。

良いメッセージもあるが、ほとんどが変なシーンに埋もれてしまっている。

悪に見えていた人も、偶然が重なっていただけで実は良い人だったんだ、という感動があるわけでもないし、その逆もない。

そうしたかったのかもしれないが、役者の不自然な演技やセリフが大きく邪魔をしている。

それぞれのキャラクター自身は一貫して全く変わっていないが、視点が変わったから別人に見える、というのが理想だろう。

しかし、ずっとおかしい人ももいるし、視点が変わってキャラが変わっている人や、視点が変わってないのにキャラがぶれている人もいる。

元々のキャラクター設定自体がしっかりしていない、もしくは見せたいキャラクターをそもそも作れていないのに、そこにさらに視点を変えてなどという高度なカラクリを織り交ぜて、しっちゃかめっちゃかになっている印象を受ける。

徹底した、どこかしらに感情移入出来得るキャラクター作りが出来ていれば、視点を変えた所でおかしなことにはならないだろう。

それが出来ていないから、視点を変えるために大げさに振る舞いまで変える、という間違った作り方をしていると思う。

上でも述べた通り、変なやつが多すぎる。

変に見えているんじゃなく、そもそも変なやつなので、視点を変えた所で感動などない。

なぜこんなことをしたのかは分からないが、あくまでもっとリアルに普通の人でやって欲しかった。

その方が普通の人でもこう見えちゃうこともあるんだ、という教訓にもなるし、普通の人に潜む無意識の悪を描けたかもしれない。

おかしいやつばかりという設定が、この作品をより理解しづらいものにしてしまっている。

せっかく子役が好演したり、映像の撮り方が秀逸だったり、おまけに音楽まで良いいのに、台無しだ。

ずっと陰気で、どんな人間か分からない校長

一番変なのが校長で、孫を亡くしたのが原因とは思えない、そもそもおかしなやつで、どんな人間か全然分からなかった。

表向きはニコニコしているけど、実は学校運営の鬼で、とかならまだ分かるが、そんな能力も強さもなく、ただの態度の悪いばあさんだ。

孫を殺したからか知らないが、ニコニコもせず、ずっと浮かない顔で、かと思ったら保利を切る時には、お前が犠牲になるんだ、などとその時だけ冷徹無比な言葉を投げかけ、鬼のような顔が出た。

ごめんなさいね、私達も食べていかなきゃいけないから、くらいに、優しく怖いならまだ分かるが、何も言わなくてもいいくらいなのに、この保利を切る時のセリフはサイコパスじゃないか。

犠牲ってほど大げさな事件ではなく、放ったらかしにして適当な対応をしたから大事になっただけで、母親は典型的なモンスターペアレンツでもない。

むしろちゃんと親に説明して穏便に解決した方が学校の評判だって下がらないのに。

ずっと上の空で適当な対応ならまだしも、何でこの時だけ元気になったんだろう、怖い。

孫を失った悲しみをこの時だけはスカッとして忘れられたのか?

この狂気性を、星川の父親にぶつけてくれたら良かったのに。

それは正義のヒーローではなく、悪対悪ではあるが。

母親がクレームを入れた時の対応は不自然だし、スーパーで子供を転ばすのは母親に見られているのにやってしまう無能ぶりで、見られていることに気づいて「ごめんね、大丈夫?」と子供に声をかけ、すぐに転換して印象をフォローする悪知恵もない。

孫を失って上の空でも、校長がそんなことそもそもしないし、ただのおバカさんに見えてしまう。

刑務所で夫と話す感じを見てもこの人の素がどんな感じかわからない。

麦野に音楽室で名言を授ける感じも、実は深い人なんだとも思わないし、川に身投げに行こうとする感じも、この人も悩んでるんだ、などと同情も誘われない。

誰にも言えないことがあるならプーと吹くんだ、などと言っていたが、むしろお前がずっと吹いとけ、と思うし、川に身投げしたいならどうぞ、と思ってしまう。

そもそも祖父もしくは祖母が孫を車でひき殺すというのが突飛すぎて、全然入ってこない。

どんなシチュエーションでそうなった?

それは自由に想像してくださいって、なるほどという答えもなさそうな丸投げだ。

そんな事件はゼロではないだろうけど、レアすぎるし、それなら突っ込んできた車に孫がひかれた、自分が外で遊んで良いと言ったからだ、自分がもっと注意しておけば、と間接的に関わった事件をずっと引きずっている、とかならまだ分かるが。

直接ひき殺したとしたら不注意にもほどがあるし、自分だったら校長はすぐ辞める。

結構休んだとしても、この校長の振る舞いは復帰すべきメンタルではない。

というか、そもそもこの人がどんな人か不明だから、元々こういう人なんじゃないかとも思う。

変な怖い一面も含まれていたりと設定もおかしいし、演じ方にメリハリも何もないから、ずっとどんな人間かハッキリしない。

孫を殺してしまった罪悪感からこんな陰気な感じの演技を要求されているとしたら、それは明らかに間違ったやり方で、結果としてものすごく邪魔であざとくなっている。

むしろ、一見何もないくらい元気に振る舞ってるけど、ふとした瞬間に頭をよぎって暗くなる、くらいの方がリアルだ。

人前ではしゃきっとした校長のように見えている方が、後々の描写でギャップが出て人物像が深くなっていくはずだ。

そうであるなら、身投げをしようと川に佇むシーンも効果的に作用しただろう。

暗く演じてくれと言われているのかは知らないが、ずーっと変なばあさんなので、この人も色々あったんだな、などとは全く思えない。

そう思わせてほしかった。

なので、この作品の舞台である学校の長で、キーパーソンである校長の演技があざといので、全体としてこの作品を見づらく不可解にさせている。

校長はこの作品のあざとさの象徴である。

色んなキャラクターがごちゃ混ぜの、変な保利先生

麦野に暴力をふるったということで学校を辞めさせられた保利先生も、暗くて弱いやつなのか、真面目で正義感があるやつなのか、いい加減なやつなのかよくわからない。

どちらかというとナヨナヨした、良い先生だけど勘違いされやすい先生に見せたかったのかもしれないが、それなら一貫してそれで行ってほしかった。

もしそうしたかった訳じゃないなら、どうしたかったのか全然分からない。

実際の印象としては変なやつになってしまっている。

子供と接する先生ぶり自体は、むしろ爽やかで、何かおかしいことがあったらすぐに子供に優しく声をかけ、イジメを許さない姿勢や、星川の家にまで行って父親と話したり、そこそこ正義感のある良い先生だ。

土砂降りの中、自分の過ちを認めて麦野に謝りに行くなんて、熱血教師そのものじゃないか。

それも変といえば変、自分に酔ってると言えばそうかもしれないけど。

かと思ったら、ただ手がぶつかって麦野が鼻血を出しただけ、麦野と星川のケンカを仲裁しただけで何も悪いことはしてないのに、ハッキリとした詳細を周りにも保護者にも説明することなく、生贄にされてそのまま辞めてしまう意味の不明さ。

仮に校長に口止めされていても、いくら着任早々で、他の教師の言うことには逆らえないといっても、そこそこ行動力のある、正義感もある男がしぶしぶでも従ってしまうという、あまりに無理がある展開だ。

本当に麦野に軽めでも体罰をしたから、とかであれば保利が従う道理はまだあるが。

暴力を振るったことで辞職の会見をする前に、勝手に麦野の家に行って親に真実を話す、ということすらしないのは不自然だ。

保利目線のストーリーでは、母親がクレームを入れに来てから保利が辞職会見をするまでの流れは、都合よくカットされてあっという間に物事が進んでいった感じに見せている。

1日や2日でそこまで物事が発展する訳ないんだから、保利はなにか抵抗することは出来るだろう。

ずっとあたふたしてただけなのか?

学校の対応もいくら何でも不自然なのだが、それは後述する。

それなら、もっと適当な先生ぶりじゃないといけない。

星川が校門の前で靴を脱がされてしまったことに何も気づかずスルーする、むしろ星川をしかってしまうとか、子供に対してもボソボソ言うやる気のない感じの先生で、正義感も特にない、芯もないとかなら、理不尽に屈する、生贄にされるのもまだ分かる。

それとも、保利は星川がイジメられていたということを知っていたのに、それを本気でちゃんと解決しようとはしなかったり、一見良い先生を演じているけどうわべだった、薄っぺらい人間で、彼もまた怪物ということか?

週刊誌の自分の写真をニヤニヤしながら見たり、クビになったのに強い怒りや悲しみすら感じてない平気な様子は薄っぺらいから?

確かに保利には薄っぺらい要素もあるだろうが、これらに関しては、薄っぺらいうわべである、というより変態的な人間像だろう。

そして、腹が立ってきて、麦野に嘘をついたことを問いただそうとして、クビになった学校に戻って麦野に詰め寄るのも不可解だ。

真実はどうでもいい、と意味不明な隠蔽の仕方でクビにしたのは校長なんだから、詰め寄るなら校長にすべきだろう。

強い校長には直接言えないけど、子供には強気になれるという、弱い人間へのアンチテーゼか?

弱い人間というか、アホにしか見えない。

子供が嘘をつくことなんてあるだろう。

そして突撃して行ったけど、それを見ていた子供たちに、保利が麦野を突き落としたと騒がれ、自殺しようする不思議。

辞任記者会見して週刊誌に載ったのは構わない、むしろ笑える余裕があったのに、警察沙汰になったら人生終わりだと思ったのか?

普通はあの記者会見した時点で人生終わりだと思うんじゃないか?

教師を辞めるのは別に良いけど、どっかで働けば良いと楽観的に考えていたのか?

教師は別に好きじゃなかったのか。

そして、校長と麦野が吹いた楽器の音を聞いて自殺を思いとどまるという意味不明さ。

二人が出したこの音が、思いのほかものすごい大きな音で、ビクッとして我に返るとかなら分かるけど、別に普通の音だ。

校長の卓越した魂の演奏で、聞き入ってしまい、とかでもない。

麦野と校長が出した、誰にも言えない気持ちを込めた演奏が、保利の心に染み込んだ?

文字ならなんとでも言える、勝手に読者が音を想像するから。

しかしこれは映画なんだから、そこを映像化できなくてどうするんだ。

これは演技が大根なのではなく、音が大根という感じだ。

極めつけは、上でも触れたが、週刊誌で自分の写真が載っているページにニヤニヤしながら付箋を貼っているシーンで、こいつもサイコパスか?もしくは変態か?

理不尽を押し付けられクビになったのに全く落ち込む様子もなく、もう教師になるのは無理かもしれないのに保利もおバカさんなのか

文字の使い方の間違いや誤植を探すのが趣味だから?

記事はデタラメだとしても、実際に認めて会見して辞任してるわけだから、全面的に認めたのと同じで、なぜそんな余裕がある?

本当のマニアは、自分の人生の後先など考えずに、自分の好きなことに没頭するから?

確かにそうかもしれないけど、そんな変態要素は邪魔だろう。

全部合わせると、アホでおバカで変態だけど正義感はある、爽やかさもあるが、時にはナヨナヨして自分の意見も言えない時もあるのか?

何なんだろうこの人物設定は。

これも校長の演じ方と似たようなもので、こんな人間はいない。

リアルさとかけ離れた人物像だ。

なぜこんなややこしいことをしたのか?

何が言いたいのか、見せたいのか、ぶれぶれもいいとこだ。

生贄にされるような人間であると見せるために、変なやつである描写を入れたのかもしれないが、人間像がつながらない。

保利に同情したり、自分も気をつけなきゃと見ている者に思わせる、もっとシンプルで、一貫したリアルな人間像が見たかった。

ちなみに、保利の彼女の雰囲気はリアルで良かった。

振る舞いもナチュラルで、セリフには見えない。

そして、保利の立場が悪くなると、あからさまに突き放すわけでもなく、それなりに理由をつけて、一見また次も会えるかの様な振る舞いをして逃げる感じも良い。

明確に振られるとかでなく、こういうグレーなモヤモヤする振り方の方が、実際には多いんじゃないかとも思う。

学校関係者は全員狂っている

他の学校関係者に関しては、角田はコント演技で非常に冷めたし、麦野の以前の担任も含め、教師達が保利に嘘をつかせて辞任させるのも不自然だ。

保利は少しナヨナヨした感じはあるけど、子供との接し方を見ていれば、悪いことはしてなさそうなのは明らかで、その接し方を教師たちも少なからず見ている訳だろう。

鼻血を出させたことを親に謝らせるのは良いとしても、その後に保利に濡れ衣を着せて辞めさせるのは、話が飛びすぎている。

保利が真実を言いたいと言っても、実際なんてどうでもいいんだよ、お前が犠牲になるんだ、などと校長に言われるが、この真実はとても重要なので、校長はバカなんだと思う。

本当に保利が軽くても体罰を行っていたならこのセリフは意味をなすが、ハプニングで怪我をさせただけだ。

自分の学校の教師が生徒を暴行して辞任するとなるより、自分の学校の教師は何も悪くなく、親が勘違いしていた、と証明した方がどれだけ学校にとって名誉を保てるか。

親を直接やり玉にあげて攻撃しなくても、謙虚に真実を伝えていくやり方で、学校は悪くないと証明できる。

イジメの調査は必須だろうが。

仮に校長は表向きは優しくても学校運営の鬼だとすれば、こんなことを解決するのはたやすいことだろう。

この校長が在任している時、教師が子供に怪我をさせてしまう事件やイジメは一つも起こらなかったのか?

何十年と教師をやってるはずなのにこの時始めて対処したのか?

そんな事あるわけない、全然リアルじゃない。

というか、訳が分からない

校長が孫を失って上の空だとしても、この学校の対応はあり得ない。

保利が辞めることに学校関係者が何も異を唱えない理由が、保利が着任早々で、他の教師たちが保利のことをよく知らないから、だとしても、あまりに足りない。

保利が他の教師たちから誤解されるような気持ち悪い教師、もしくは暴力を振るいそうな怖い雰囲気のある教師、もしくは保利に嫌われる要素があり他の教師から嫌われている、とかなら分かるが、そのどれでもない。

保利が子供と接する感じが、いかんせん爽やかさが出てしまうというのが邪魔で、そうしたいなら、子供と接する感じももう少し気持ち悪いよりに演じなければいけなかった。

ガールズバー通いのうわさも、嫌われるほどではない。

母親の弁護士から内容証明が送られているから、というのも、ちゃんと謝りに行って真実を話せば済む話で、それをせずに、じゃあ全くの濡れ衣を着せて辞めさそう、などとはならない。

保利が麦野がいじめられてたと星川に言わそうとしたが、逆に保利が麦野をいじめていたと言われたり、他の女の子に証言してくれと詰め寄ったりしているのも表面的なことだ。

保利の暴走をやめなさいと止めるだけで、保利の話を聞いてイジメがあったかの調査もせず、誤解されるような人間でもない教師に濡れ衣を着せるって、校長だけじゃなく、この学校全部が狂ってるじゃないか。

なぜ保利にこんな酷いことをしたのか、というのが、いくら視点を変えても、なるほど、偶然が重なってこうなったたんだ、とは全くならず、そこに至る描写がバッサリない。

学校関係者全員おかしい、変態学校だ。

仮に星川や麦野の中学受験を守るためだとしてここまでするか?

学校を守るどころか、むしろ危険にさらしている。

マスコミにも取り上げられ、「お前豚の脳の学校出身か?お前が豚の脳なんじゃねえの?」とか言われたりして、進学先の中学でこの学校出身の子供がいじめられたらどうすんだ?

星川が放火魔だったからそれを隠蔽するために保利を犠牲にした?

仮に星川がそうだとして、何がどうつながる?

最初の親への対処を間違えたことで炎上した訳で、その対処の間違いもリアルじゃないし、結果的にこの学校が注目され、星川が放火魔であることがバレるリスクが増えただけだろう。

星川が放火魔かどうかは分からないが。

新聞記事や週刊誌を読んだ星川の父親は、お前誰かに俺が言ってることしゃべったのか?と言って星川はまた殴られるんじゃないのか?

なるほど、学校を守るために保利を生贄にしたのか、実に深い、気づかなかった、先生も大変なんだな、考えさせられた、っていう人いるのか?

何かのボタンの掛け違いで、悪くない教師が辞めざるを得なくなる、ということが全然描けていない。

保利の演じ方はもちろん、そもそも保利がどんなやつか、保利に対して学校関係者がどんな印象を抱いていたか、

その心象がどう変わっていったかなども、そもそも何も作られていないからだろう。

丁寧に描けていないことを、この学校も怪物だったで済ますのはずいぶん都合が良い。

無理やり気持ち悪い学校にするために作られた中身のないストーリーだ。

こんな変な学校はないし、こんな話はありそうでない、机上の空論だ。

母親と校長たちとの中身のない面談シーン

物語の序盤で、麦野の母親と校長たちとの面談シーンがあるが、かなり不自然だった。

この学校は不誠実な、ムカつく対応をする、ひどい学校のように見せたかったのだろうが、確かにムカついたし、不誠実極まりない対応だが、あまりに誇張しすぎている。

誇張しすぎて、この学校にはとんでもない裏の顔が隠されている、極悪の学校なんじゃないか、という、ホラーサスペンスのような雰囲気を感じてしまった。

実際に違う意味で極悪ではあるけど。

フタを開けてみたら、ただ偶然が重なってそう見えただけらしく、それにしてはあまりに不自然で、観客を騙すために作られた、中身のない不自然さだったと分かった。

母親がいきなり怒鳴り込んでくるならあんなに教師達が引いた感じになるのは分かるが、母親は普通に話に来ている。

モンスターペアレンツってのがいるからとにかくみんなでちゃんと謝りたおそう、という訳でもなく、適当に頭を下げる感じは、わざと不穏な空気を出すためにやらせているとしか思えない。

そして、暴力があったのか?殴ったのか?という母親の問いに教師達が全く答えないのも、どういう経緯で手がぶつかったのかすらも全く説明しないのも、不自然さに拍車をかける。

その理由は、鼻をケガさせたことは認めるが、それ以外の真実を何も言わずに謝るだけという作戦を保利以外の教師みんなで決めたからだが、まずその作戦が意味不明すぎる。

一体何がどうなってこの作戦で行こうとなった?

いくら何でも教師がここまでいい加減なことするか?

サッチーみたいな、その筋の奥さんに見えなくもない強面の御婦人なら、なにか作戦を立てようと思うのはわかる。

しかし、一回目の面談で入ってきたのは普通の感じの母親だとすぐに確認できたはずで、なぜ作戦を立てる必要がある?

真実を言えないのは、麦野の中学受験に影響するから?何が?

内申書には問題行動なんて書かれないし、仮に些細なことでも書けと言われても書かないで揉み消せばいいだけの話し。

それに、麦野が一回用具入れを持って少し暴れた、麦野と星川が一回授業中にケンカした、これの何が問題だ?

麦野にイジメがあって転校になったら大変?

実際イジメられてたのは星川で、麦野、星川に限らず、もし生徒間でいじめがあったとしてもちゃんと解決すればいい。

麦野の母親は、イジメがあっただけで転校させる聞き分けのない母親でもない。

何はともあれ、誰がいじめられているのは分からないが、とにかく隠蔽したかったのか?

どのみち、もう親が、子供がこんなことされましたって学校に来てるんだから、今から全部隠すのは無理だろう。

いきなり来て怒鳴られてテンパって当日中にあの対応になったならまだわからなくもないけど。

ちゃんと日を置いてひねり出した妙案がこれか?

鼻と手の接触があったことだけ認め、後は、誤解があったことは申し訳なく思います、の一点張りで行きましょう、いいねその作戦、ってなるわけない。

バカらしすぎて、ちょっと面白い。

その作戦無理ありません?って言うやつ一人もいないのか?

会議で他の教師が言っていた、暴れてる子供をおさえようとして手がぶつかったと言ったら、子供のせいにしてると捉えられて親が怒る、教育委員会に言われたらみんなクビになるかも、などの、意見を聞いても、だから親に真実を言わなかったんだ、なるほど、なんてならない。

真実を言わず、誤解させてすみません、だけで後はだんまりを決めこめば親が激怒するのは想像にたやすい

この教師達のセリフは机上の空論で、この状況でこんなことを言う教師などおらず、机上の空論が倍がけになってしまっている。

この会話がもし成り立つとしたら、保利が普段から疑われるような、イジメを放置していたかもしれない、信用ならないイイ加減な教師に見える、もしくは教師たちは全員新卒で実務経験がほぼない、などという場合だろう。
さもなければ彼らの性根が腐っているか。

この作品は、前者で行きたかったんだろうが、上述した通り保利の学校での子供たちとの接し方や振る舞いは誠実寄りなので、見事に失敗している。

保利は、角田演じる教師に、君は目付きが悪いから、と言われていたが、特に悪くもない。

目付きの悪い演技も特にしていない。

目つきが悪かったのは母親に謝らせられた時だけだ。

教師たちだけの会議で、教師がみんな不安げにしゃべっているならまだ分かるけど、みんな強気なので、保利以外全員狂ったやつに見える。

星川が放火魔だと校長は知っていて、星川を守るために警察沙汰になりたくないから?

間違って教師の手がぶつかった、耳は子供同士のケンカでケガして教師は関わってない、豚の脳なんて教師は言ってない、これを全て話してなぜ警察沙汰になる?

警察は何も取り合わない。

過去にとんでもないモンスターペアレントがいて酷い目にあったから?

もし麦野の母親がモンスターペアレントでこんな対応したら、これでは済まない尋常じゃない炎上の仕方をするはずだ。

もしくはモンスターペアレントっていうのは怖いらしいと勝手に不必要な想像を膨らませてしまったから?

ぺえぺえの教師ならまだ分かるが、長年教師をやってきた連中にとって、親がクレームを入れてくることは生まれて初めてか?

どれも真実を言わずにちゃんと謝らない、という理由には何もなり得ない。

もしあるとすれば、校長は麦野と星川の関係に気づいていて、真実を言うとその関係に母親が気づく可能性があり、麦野が家で窮屈な思いをする、最悪虐待されるかもしれないから?

ただでさえ虐待されている星川をどう救おうか考えていた校長にとって、麦野にまでその目には合わせたくなかった?

なるほど、それなら真実を隠す中身のある理由自体にはなり得るかもしれない

しかし、そんな風には描けていない。

それならそれをチームとして共有して、保利にも話して納得してもらい、あんな怒らす謝り方ではなく、みんなで毅然とした態度で謝り、隠し通すべきだっただろう。

保利はもちろん、他の教師も知らなそうだし、そんな明確な目的があるのにも関わらず、校長が途中で逃げようとするセコい態度を取るのもつじつまが合わない。

校長一人がボンヤリとそう考えていただけ?

保利の態度も、誇張しすぎてあざとい。

言う言葉を決められてテンパっている演技ではない不穏さを身にまとっている。

むしろ言葉を決められた方が楽なはずで、ちゃんと謝ろうとしている感じがあったら、保利にも同情出来たのに。

なぜ自分が謝らなければいけないのか?と腑に落ちてないからか?

麦野にぶつかって鼻血を出させたことは事実なのに?

校長は鼻をケガさせたことは認めているが、他は誤解と言っていて、豚の脳と言った、耳を引っ張ったことに関して謝らなきゃいけないわけじゃないだろう。

誤解とかじゃなくて、ちゃんと真実を話して謝りたかったから?

確かに文言はおかしいけど、頭を下げる時に、申し訳ないという気持ちは込められるだろう。

一切謝っちゃいけない、と言っている訳ではないんだから。

仮に腑に落ちてない部分はあっても、もう少しちゃんと謝れるし、母親に悪態をつく理由にはならない。

途中で飴を舐め始め、何食べた?と母親に聞かれて、素っ気なく「飴」と答えるのも、いくら保利でも失礼だとは分かるはず。

恋人に、飴でも舐めて落ち着きなよ、と言われた体験があるから?

その体験があることと、それを今やることは何もつながらない。

子供ならわかるけど。

他の教師も保利に対して何も注意しないのが不自然だ。

そして、ちゃんと謝る訳でもなく、「シングルマザーにありがちな過保護」という悪態までつくなんて、そんなこと言うやつか?

思い込みは怖いって、なんでもありじやないぞ。

保利は週刊誌を見てニヤニヤする変なやつだから?

怒りがあるとしたら、どう考えてもちゃんと謝罪させない教師たちに向けてなら分かるが、この時点での母親と教師たちの振る舞いを天秤にかけたら、明らかに教師たちがおかしい、って保利は分からないのか?

真実を言って、悪気なく鼻にぶつかってしまった、申し訳ない、とちゃんと謝ってるのに、母親が大声で土下座を要求し続けるとかならその保利の態度やセリフはまだ理解できるが。

そうではないので、もうキャラクターが崩壊している。

無理やり母親を怒らせるために作られた、中身のない演技だ。

こんな教師たちはいない。

リアルが重なって奇跡的に不誠実な対応になってしまった描写が見たかった。

これは無理やり捏造されたものだろう。

百歩譲って真実は言わない作戦でいくとして、不穏な感じではなく、表向きちゃんと謝り、会話のラリーもある程度あるけど、みんなで協力して絶妙に真相は話さずに、どこか話をすぐに切り上げようとしている感じがある、とかならまだ良かったのに。

他の教師も保利に、もっとちゃんと謝りなさい、とか言って、保利も言い返して、それを校長が止めてなだめて、というケンカを繰り返して時間を稼ぎ、真相の話題に行き着かないように、みんなで芝居をうっている、とかならまだ面白かったかもしれない。

実はそれが麦野と星川の関係をバラさないために、守るためにやっていたとかなら格好良くなりえた。

なんとかこのシーンで、変な学校だと印象づけようとして、わざと不穏にしすぎてしてしまったんだろう。

この不穏な対応がコントで、そのおかしい点などもツッコミが片っ端から突っ込んでいく、とかならまだ見れるが。

こんな学校ある訳ない、という誇張した滑稽さになる。

しかし、それは、このおかしい振る舞いには中身がないということを制作側がハッキリ自覚しているから出来ることで、この作品はリアルに存在しているものとして描いているので、崩壊している。

保利が星川を校長室に連れてきて、麦野にイジメられていたと言わそうとするシーンも意味がわからない。

実は暴力も振るってなければ、暴言も吐いてない、という真実を保利が一切話さずに、「星川は麦野にイジメられてたんです」って言い出す訳がない。

それなら、僕はやってませんと告白するのが先だろう。

何も知らない観客に、そうか、だから保利は麦野を殴ったのか、と思わせるためだけの張りぼての展開。

保利が、校長や他の教師の「真実を言うな」という教えを忠実に守って、手が鼻にぶつかった理由は全く言わないのに、しっかりと自分が確認した訳でもないイジメを話題に出すか?

保利は頭が悪いってこと?

それにしては、星川の作文に隠された二人の絆を表すメッセージには見始めてすぐに気付く勘の良さなのに。

ちなみにそのシーンも、クビになってるのに作文をいきなり添削しだすという、必要だから作られた、不可解な描写。

もしクビになって落ち込んで、気を紛らそうと片っ端から趣味の誤植探しに没頭しようとして、雑誌がなくなったから持っていた受け持ちのクラスの生徒の作文まで添削しだして、二人の秘密に気づいた、とかなら良かった。

その時の家での過ごし方は、イライラしてもんもんとしている感じでなければならないが。

金魚を捨てようかと悩んでいる描写はあるけど、つまずいて、あーっと声を出す感じとかが軽い。

真実の追求が足りない母親

母親も母親で、何があったのかということを、相手が言わなくてもしつこく聞き出そうという姿勢が足りないのが不可解だ。

そもそも息子が何をしたから殴られたのか親なら絶対に知りたいはずで、その追求も少しで止め、あんたらは最低だなどと言い出すのは不自然だ。

確かに校長は最低だし、対応に腹は立つけど。

何があったか知りたい、謝って欲しい訳じゃない、何で隠すんですか?としつこく聞くが一向に答えない押し問答がもう少しあって、ヒートアップしていくならまだ分かる。

保利が、星川が麦野にイジメられてたかもしれない、と示唆しても、母親はそんな訳はないとはねつけたが、そんな感じの母親だったか?

真相を知りたかったんじゃないのか?

後で星川の家を訪問してはいるけど。

保利がガールズバーに行っていたという又聞きの話をみんなの前で言い放つとかも変だ。

仮にガールズバーに行ってたからなんだ?

子供に手を出す性犯罪教師もいるのに、ガールズバーに行く教師はむしろ健全なんじゃないか?

保利が泥酔してガールズバーの前で路上で寝てたとかであれば、この教師大丈夫か?的なことは伝わるし、怒った母親に言われてもしょうがないけど。

仮にそんな事実はなくても。

なので、このセリフ自体も中身がない。

この母親であれば、なぜ真相を教えてくれないのか、ということにまずたくさん怒るべきで、そこをすっ飛ばして他のことを言う意味が分からない。

ほとんどの母親なんて一皮むけばヒステリックになるというアンチテーゼか?

中身のないことを、怒ったから攻撃材料として言ってしまうという、普通の人間に隠された欠陥点の描写?

じゃあもう少し丁寧な描き方にして欲しかった。

何回も理由や真相を聞くけど一向に答えないその態度に徐々に頭に血が上っていき、最終的にヒステリックになってしまったとかにして欲しかった。

そうしたつもりなのかもしれないけど、急で不自然なのは否めない。

なので、母親目線でこの学校のおかしさは伝わるが、この時点で母親もすでに少しおかしいと感じた。

この一連の面談シーンでは、もう少し応援でき得る母親の振る舞いにして欲しかった。

後々の描写の基盤になる、序盤の大事なシーンだったはずだろう。

しかし、この作品の中では、全体を通してのこの母親の雰囲気はまだリアルな方である。

他が変なやつが多いからというのもあるが。

肝心の麦野と星川の美しい交流の描写は悪くない

麦野は物わかりが良い賢い感じで、しゃべる時も比較的しっかりしゃべるので、鼻や耳のケガ、豚の脳だと言われた、というのを全部保利のせいにするのかな?とは少し疑問が残る。

自分が星川が好きで、それが発端の出来事でケガをしたから、真相などは言えるはずもなく、隠さなきゃ、と思ってしまうのは分かるが。

髪を切ったり水筒にゴミが入っていたのは適当な嘘がつけるのに、保利にやられたなどと言ったら大事になる、とあの麦野は理解出来そうなので、もう少し子供っぽい幼い感じの子ならもっと良かったのかなと思う

しかし、麦野と星川の交流は、星川の中性的で飾らない自然な演技、音楽なども相まって、美しく描けているとは思う。

麦野が自分に沸き起こる内面に気付いて葛藤する様、星川に頭を触られ髪を切ったり、暴れて麦野を守ったり、お父さんみたいにはなれないと言ったりする、誰にも言えない秘密を抱えている様子は、考えさせられるので、悪くない。

普通の大人はこの行動にそんな理由があったのか、などとは気づかないだろう。

自分もまたそうだ。

保利が「しっかりしろ、男だろ」とか、母親が麦野に「結婚するまで見届ける」的なことをさらっと言うが、実は傷ついてる子供もいた、というのは、一般にはびこる無意識の悪を描写していて良い。

男の子の服装をしているから、内面も男なんだろう、というのは、明らかな決めつけだ。

この作品の中で良かったシーンは、こういう、見ている者もよほど敏感でない限り気づかないであろう、演技的にも自然で日常に溶け込んでいるが、人を傷つけている、という数少ないシーンだ。

こういうシーンの連続で映画を作って欲しかった。

ただ、麦野が星川を好きになったからといって、麦野がゲイであることの証明にはならないと思う。

星川は女の子の格好をしたり、一般的な女の子の口調でしゃべりもしないが、中性的で、クラスの女の子誰よりもかわいく、魅力的である。

そんな星川を好きになるのは自然なことだ。

星川をいじめている男の子が好きだ、とかならそうかもしれないが。

麦野以外にも、口に出さないだけで、星川を好きな男の子はいるだろうと思う。

男の子しか好きになれない訳ではなく、たまたま好きになったのが男の子だったというだけだ。

もしかしたら、大人になって好きな女性が出てくるかもしれないし、この段階で決めつける必要はない。

テレビのおネエたちを見て、自分もこうやって生きていくしかない、訳でもない。

星川のように自由に、達観して生きていけば楽だろう。

星川の家庭環境は、壮絶だが。

麦野は自分の生き方を窮屈に決めつけてしまっているが、それは身近な社会の象徴である母親や担任などの、近くにいる大人たち、流れてくるテレビなどの影響で、子供にとってはそれが世界の全てだから、そうなってしまうのはしょうがない。

正しい情報がない中で、この年齢で自分で答えを出すのは、至難の業だろう。

そういう意味で、社会にとって多様性がいかに大事か、無知がいかに人を傷つけ人生を狂わすか、考えさせられる。

しかし、もし星川がおらず、麦野は自分が男の子を好きであるということに気付いてしまったら、地獄だっただろう。

星川という麦野にとっての唯一の真実とも言うべき、麦野の先輩で友人で理解者にこの年齢で出会えたことは財産で、そう考えると麦野は幸せだ。

普通は出会えないままもんもんとして大人になる人の方が多いんじゃないのか?

星川は自分の性質など全てを知った上で、悲観することなく、生きることに前向きな強い人間だ。

麦野がゲイであるないに関わらず、精神的にも人生の良い先輩だ。

星川は上述した通り、演じているようにほとんど見えず、かわいく愛嬌があり、振る舞いも自然で非常に魅力的だ。

だから、いじめている男子たちには本当にムカついたし、悲しくなった。

ドッキリと称していじめる様子自体ははリアルでいいと思う、ムカつくけど。

もし自分がやられたらと思うとゾっとする。

星川は女言葉でもないし、服装も女の子ではないのに、子供には見抜かれている感じも良い。

よく星川の父親は気づいたなと思う。

もし自分だったらまだ子供だから中性的なんだ、と思うだけで気づかないかもしれない、気づいたからどうこうするわけではないが。

星川は学校ではいじめられ、親には虐待され、しかしふてくされることなくポジティブに生きている感じは、健気で胸が締め付けられる。

心の拠り所になり得る麦野にまで突き放されることもあり、しかしその行動までも理解し包み込むその姿勢は涙腺を刺激される

ケンカした後の終盤のシーンで、星川がトンネルの奥で待っていたシーンなんか良い。

もし自分の子どもだと思うと、悔しい、腹立たしい、偉い、応援したいなど、色々入り混じって何とも言えない気持ちになる。

幼いのに、自分の恵まれない状況を客観的に理解し、達観している感じは、そのナチュラルな演技で自然に表現できていると思う。

なので、この二人の交流をもっと見たかった。

視点を変えてなどバッサリいらず、この二人を中心にした描き方にして欲しかった。

いつも通りの日本映画だった

この作品は、羅生門要素を取り入れたようだが、上述した通りあざとさや、つじつまの合わなさが邪魔をしている。

もし、三者三様、態度や描写、事実自体がガラッと変わっている、その個人の目線自体に妄想が混じっているなら完全に羅生門だが、これは三人個人の目線が違うだけだろう。

事実を曲げずに羅生門風にしたかったのかもしれないが、上述した通り無理やりの演技や不自然な展開、必要な描写の欠如などで、羅生門そのままでもなければ、新しい羅生門にもなり得ていない。

感想のほとんどがそればっかりになってしまったが、そのくらい不自然さに大分持ってかれた、という感じだ。

なので、せっかく良いところもあるのにプラマイマイナスである。

怪物とは都合の良い概念で、変なやつでも、怪物だから、と言ってしまえば一見リアルでなくても何でも成立してしまう、誤魔化されてしまう。

本当は何でもありではないのに、演技や話のおかしさも全て含めて、ざっくりと怪物という言葉に含めている気がして、非常に心地が悪い。

怪物という言葉を免罪符として使っているように見える。

星川が父親に化け物、豚の脳だと言われ、麦野が自分も豚の脳なのか、とその言葉に傷付き葛藤するのは、怪物というその言葉の不気味さに関わっているから良いが、他の人達に関する怪物に関わる描写はうまく作用していない。

これが賞を獲ったというのは、ドライブ・マイ・カーと同様、日本人が勘違いされているんじゃないか?と思う。

日本人ってこんな不自然な連中じゃない。

外国人からみたら、日本人は丸ごと不自然だから、多分こんなものだろう、と思われてる気がして、腹が立ってくる。

決してリアルで面白い作品が必ずしも賞をとるわけではないと知っている。

しかし少し楽しみにしてしまっていた。

フタを開けてみたらいつも通りの悪い意味での日本映画だった。

やりたいことと、実際の演技も含めた描写の乖離が酷い。

この現象は、別に海外作品でも見かけることだけど、日本映画はその乖離度と率が突出して高い印象だ。

この作品も残念ながらそれに当てはまる。

そもそものストーリーがリアルなのかどうかは、原作を読んでないから分からないが。

ただ見る良いきっかけになるので、今後も日本の制作陣にはたくさん賞を獲ってもらいたい。

これは皮肉でもあるけど、本当に期待している部分もある。

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