英題:Children of Heaven
監督-マジッド・マジディ 1999年 88分
脚本-マジッド・マジディ
出演者-ミル=ファロク・ハシェミアン、バハレ・セッデキ、アミル・ナージ、フェレシュテ・サラバンディ、他
映画「運動靴と赤い金魚」のあらすじ
イランの貧しい家庭に暮らす少年アリは、町の靴屋で修理が済んだ妹の靴を受け取るが、帰り道の買い物中に、その靴をなくしてしまう。
探しても見つからず、家に帰り、妹には謝ったが、怖い父には内緒にして欲しいと頼む。
その日から、兄のボロボロの靴一つを妹と二人で交代交代に履いていく生活が始まる。
妹が最初に兄の靴を履いて学校に行き、帰ってきたら、兄がその靴を履いて学校に行く。
妹はボロボロの靴を学校で恥ずかしく思ったり、兄はいつも遅刻し、それを先生にとがめられたり、お互いに不自由さを感じながら生活していた。
そんな中、学校でマラソン大会があり、3位に入ると、運動靴が賞としてもらえることが分かり、アリは出場を決意するのだった。
”今すぐに見るべき!”理由や感想
兄と妹のナチュラルな子供感
面白かった。
主人公の少年の、泣きそうになる表情が、こっちの感情を強く揺さぶってくる。
妹の、あまりしゃべらないが、運動靴が恥ずかしくてうつむいたり、嬉しくて笑ったり、などの表情豊かな振る舞いもとても良い。
子役が主人公の映画は、大人にやらされている感じがあったりすると、見ていてすぐに冷めてしまうが、この作品はそんなことはなく、この二人を応援しているような気持ちで最後まで見れた。
主役の子は、この子がいる学校まで行って、泣いている所を見てスカウトしたらしい。
絶妙な配役だと思う。
もちろん、演技している部分もあるだろうが、そうは見えず、この二人の雰囲気がとても良いので、どうなっていくのか気になってしまった。
あの兄の泣きそうな顔は、やろうとしても中々出来るもんじゃない。
リアルな世界観や人物描写
貧しくて、靴をなくしたらもう買えない、というシンプルなストーリーであるが、これだけ見れる作品にしてしまうのはすごいと思う。
家が裕福でない感じや、この街の雰囲気、学校の風景など、その世界観に嘘くささがなくリアルで、異文化に興味深く触れることが出来、その非日常を感じて、見終わると映画を見た、という気にさせてくれる。
学校で、妹が自分の靴を他の子の靴と比べて気にしている感じなど、きっと、誰しも似た経験がある出来事で、よくある話にも関わらず、映像としてうまく表現されていると思う。
洋服とか、持ち物、弁当など、集団でいると、自分が他の人と違って浮いていないか、ついつい気にしてしまう。
お金がある人は、すぐに同じものを買えるかもしれないが、そうでない人は、一旦気付いてしまったら、それは地獄のような時間になってしまう。
子供は何も悪いことはしていないが、家庭の事情でそうなってしまうこともあるし、子供はそんな状況をなんとなく知っていて黙っていたり、そういう子供の心中を知らないのは親や先生たち大人だけだろう。
ちなみに、父が、裕福な住宅を回ってインターホンを押し、いざとなるとしどろもどろになってしまう感じが、実に微笑ましくて良かった。
いつも厳格な怖い雰囲気はあっても、実はこんな人なんだ、ということを子供は見て人について学んでいく。
それでも、妹の靴をなくしてしまった、ということは怖くて言えないのはよく分かる。
そういう父親像も良く描かれていると思う。
妹のために頑張る兄
兄は、妹が帰ってくるのを街中で待っていて、いつも妹を急かして、こんな毎日はお互いにとって辛いし、自分が妹だったら、兄を嫌いになってしまいそうだ。
でも、兄はテストで良い点を取った褒美の金のボールペンを妹にあげたり、靴を妹にあげるためにレースの出場を決意したり、妹のことをちゃんと考えているから、兄を嫌いになれない。
素朴な疑問だが、なぜ靴を共有できるほど学校の時間が兄と妹で違うのかな、と思った。
男子と女子で完全に学校が分かれているのは、宗教的な規則からそうなっているのだろうが、靴を共有するなど可能なのか?とは思った。
最後に、兄がレースで一位になってしまい、落ち込んでいるのが非常に良い。
妹に伝えた時も、ダメだったということしか伝えず、でも1位にはなったんだけど、などとは言わない所が、誠実さが感じられてじんわりと感動が来る。
1位になったから、1位の商品はいらないから、靴が欲しい、と言ったら学校側は全然OKしてくれそうなものだが、そういうことも言わないで、ダメだった、と落ち込んでいる所が、子供らしい純粋さというか、その無垢さに尊さを感じる。
自分だったら、1位になったんだけど、と絶対言ってしまう気もする。
この兄は、遅刻が先生に見つかり、問い詰められた時も、靴が一個しかなくて、などとは言わなかった。
言ったらもしかしたら父の耳に入るかもしれないし、言えなかったのだが。
誰にも言わずに、さぞ、辛かったろうと思うが、子供の頃は大人が怖いし、実際力でも口でも叶わないし、本当のことなど言えずにただ耐えるしかなかった、でも耐えた兄は偉かった。
大人なら、もちろん事情を説明して終わりだが、子供の頃は、うまく説明も出来ないし、子供扱いだから、子供にとってこんな辛い状況は山ほどあるんだと思う。
自分は大人になってしまっているから、こんな状況は日常では皆無に近いが、子供にとってはいかに世界というものが恐れで満ちているのか、自分が子供の頃とも重ねて再認識した。
最後に、兄は落ち込んで庭の池に足を入れ、金魚が兄を包み、音楽が流れるラストシーンは、なんとも美しく、神は見ている、と言わんばかりで、静かな感動に包まれる。
実は父が靴を二人分買ってきてくれているから、その後に二人は靴を手に入れることが出来ただろうことも分かり、気持ちの良い終わり方でもある。
この作品は、特にセリフがたくさんある訳でなく、演者たちの演技や情景で物語っている感じが実に素敵で、映画らしい映画、と言えるかもしれない。
悪人のいない世界
欲を言えば、厳しい父親から靴に関してひどく怒られたり、アリをより追い詰めて来る悪役的な存在がいれば、もっと面白くなったかもしれないと思った。
嫌なやつを出せばいいという訳ではないが、そういう人間が誰もいないので、アリは過度に怖がっているようにも見える。
父は今の所怖くはないし、遅刻して怒る先生もそこまでではないし、友達も普通である。
例えば、父が、物を無くすことに対して日頃から非常に怒るような人だったり、靴を交換していることが同級生にばれてバカにされたり、などの描写があっても良かったのかな、と思う。
アリが靴を妹と共有していることを誰も助けてくれない訳ではなく、そもそもそのことを誰も知らない訳だから、周りは悪ではない。
やりすぎてはいけないかもしれないが、チラッともう少しそういったスパイスを入れて欲しかった。
子供からしたら、もうこのアリの立場で十分辛い状況なのだろうが、人間同士の闘いがほとんどなく、そういう意味で少し物足りなさは残る。
アリと妹二人だけでなんとか隠し通した、ということなので、そうなってしまうのだろうが。
それでもこの作品は、88分という長い訳ではない時間に、この地域や住む人達の臨場感のある雰囲気や、アリや妹の心情、美しい終わり方など、魅力的な描写が凝縮されているので、とても良い。
良い映画を見た、という気持ちになる作品だ。
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