エンターテインメント界を揺るがすジャニーズ問題
大手芸能事務所ジャニーズの性加害問題は、それを取り巻くエンターテインメント界にも大きな波紋を広げている。
CMスポンサーなどがジャニーズタレントの起用継続を控え、NHKは紅白歌合戦でのジャニーズタレントの起用の中止を発表、今後の映画・ドラマの俳優起用にも大きく関わってくるかもしれない。
この余波により、日本映画・ドラマ界に、また日本の俳優たちにじゃどのような影響があるのか、考えていきたい。
ジャニーズ事務所以外の俳優やタレントにとって好機か否か
ジャニーズは日本映画やドラマに必ずと言っていいほど、誰かしら自社のタレントを様々な作品に出演させて来た。
端役や脇役、準主役はもちろん、主役を演じることもよく見かける。
それは、ジャニーズとドラマ・映画界がウィンウィンの関係であるからに他ならない。
事務所が今後どうなるかわからないが、もし、ジャニーズのタレント達を、テレビ局や映画制作側が当面起用しないことになったら、その代役はジャニーズではない俳優達に回ってくることだろう。
この一連の騒動は、被害者がいる大きな事件で、現役でジャニーズのタレント達もまた被害者であることに変わりはない。
それをチャンスというのは不謹慎であるが、今まで事務所の大きな力で、そもそもキャスティングすらされなかった俳優達にとっては、日の目を浴びる絶好の機会であると言える。
これを機会に、露出が増えてくる、注目される俳優も中には出てくるかもしれない。
もしそうなったらそれはそれで、誰も悪いことをしていない、そういう流れになっただけで、その俳優達は、胸を張って自分の仕事をしたらいいだけだろう。
しかし、これをきっかけに実力のある俳優のせめぎ合いになるのか、そうなればいいことだが、疑問に感じる所もある。
ジャニーズの功績
日本のドラマや映画界では、近年良くも悪くもジャニーズタレント達が大きく関わってきた。
新しいドラマや映画の制作が発表されるたび、またジャニーズが主役か、と呆れることがなかった訳ではないし、今もそう感じている人は常に一定数いることだろう。
若くて、特に卓越した演技力がなくても、ジャニーズの中で人気があれば、ドラマや映画の主役なんていくらでも射止めることが出来たし、今もまだその力は顕在だ。
ではそれが、視聴者の意思に反して行われた、全くもって理不尽な、少しも許容できない行為であったか、というと、完全にそうとは言い切れない。
それは、それぞれのドラマや映画の評価に依存しており、その役にはまっていたジャニーズ俳優もいた、ということだ。
総じてそうでないことの方が多いとは思うが。
例えばスマップの草薙剛は、普通の俳優を上回る存在感を出せる俳優で、事務所うんぬん関係なく、表に出るべき存在であると思う。
「いい人。」や「任侠ヘルパー」など悪くない。
稲垣吾郎だって、「十三人の刺客」で見せた冷徹な演技は良かったし、昔のドラマで大学生役を演じていた木村は本当にクールな大学生に見える、演技していないように見えた。
ちなみに中居はちゃんと見たことがないから分からないし、香取にいたってはドクは悪くないかもしれないが、訳の分からない両津勘吉のヘンテコなイメージが強い。
それでも、まるでダメではなく、良かったシーンや作品が、お世辞抜きにしてあるにはある。
自分にとって良かったのは少ししか印象に残ってなくても、彼らが関わった多くの作品は、大部分の人にとって、特に疑問を持つほどおかしいと感じる事でもなく、むしろ良いもの、として捉えていたんじゃないかと思う。
それとも、仮に疑問があっても、そういうものでしょ、くらいにしか捉えておらず、ある意味独裁であっても、特にそこまで気になる視聴者はいなかったんだろう。
他の記事でも書いたように、日本人は特に演技の質に対する良し悪しに鈍感なので、主役がジャニーズでも、やってればとりあえず見てくれる。
その役がたまたまハマればより見てくれるので、キャスティングをゴリ押しすることは、ジャニーズ事務所の戦略として至極当然のやり方と言える。
仮にハマらなくてもその人気タレントのファンは少なからず見てくれるから、テレビ局や制作陣、スポンサーにとっても大コケして火の車になることのない、この上なくありがたい保険でもある。
黒澤明のように、自分の家を抵当に入れてまで銀行からお金を借りて映画を作る必要もないし、何のしがらみもなく自由に作ったは良いが、武のソナチネのように公開途中で打ち切られる、という心配もほぼない。
ジャニーズを主役級にキャスティングして出しておけば、ドラマや映画はとりあえず作り続けることが出来るんだろう。
それはジャニーズにとっても、制作陣にとってもありがたい、という、ズブズブの関係がそこにある。
制作陣は、まるでサラリーマンのように、ドラマや映画それ自体が面白くなくても、とにかく作り続ける、という負のサイクルに入ってしまっている。
いや、負とも思ってない、きっと楽しそうにやっているんだろう。
ジャニーズ事務所が勢いを失い、テレビ局やスポンサー、制作陣が、集客が見込めるコンテンツが使えなくなったとしたら、彼らは一体どうするつもりなんだろう。
もしかしたら、ビヴァンの大ヒットも二宮のおかげなのかもしれない。
二宮が出る、となれば、二宮本人から、また事務所からも度々宣伝されるわけで、集客効果は抜群であることに違いはない。
視聴率の全部は無理でも、数パーセントは貢献しているかもしれない。
そんなジャニーズが芸能界からいなくなり、視聴率が悪くなり、頭を抱え、どうすれば見てくれるんだ、と冷や汗をたらして解決策を考えようとして初めて、日本のドラマ、映画界は真剣に自分達の姿を冷静に見だすかもしれない。
そうなれば、日本のドラマ界は、ようやくスタート地点に立ったと言える、のか?
これを良い機会にして、全て見直して欲しいと思うが、そんなに簡単に物事が進まない、根深い問題がこの世界にはある。
ジャニーズに似た存在はいずれ出てくる
ジャニーズがもし仮に、この騒動が落ち着くまで、当面の間全くドラマや映画に出演しなくなったとしたら、普通の事務所の俳優達は活躍できるのか?
それは、仕事が回ってくる、お金を以前より稼げるようになる、ということはあるだろう。
食べていけることを第一目的にしているなら、それは叶う確率が少しでも上がったとは言えるかもしれない。
しかし、そこで生涯食べていけるほどのハマり役に出会う、俳優として良い意味で地位を確立できるか、というのはもちろん全くの別問題だ。
くすぶっている俳優にとったら、そこにすがるしかないが、そんなに期待しないほうが良いだろうと思ってしまう。
なぜなら、問題はジャニーズがキャスティングを独占し続けたことだけではなく、他の記事でも触れていることだが、日本のドラマ・映画界、そして国民達に見る目がないということだ。
仮にジャニーズがいなくなっても、特に特徴もない、若い好青年のイケメン俳優・タレントたちが主役を牛耳ることになるだけかもしれない。
もうすでにそうなっている節もある。
BTSの劣化版のようなイケメン韓流風アイドルたちとか、LDHのようなイケメングループとか、ポストジャニーズになりそうな存在は、機を伺いながらそこら中にいる。
アニメの声優や洋画吹き替えも、ちゃんとした声優ではなく、今話題の格好良い俳優、キレイな女優が、アフレコは下手でも話題作りのために普通にキャスティングされている。
いや、はまれば誰がやろうが問題はない、そうでないから問題である。
仮にジャニーズはいなくなっても、そういったことが相変わらず行われている現場に直面した時に、その俳優は、ジャニーズだからしょうがないか、という落とし所すらない、やり場のない怒りや悲しみに打ちひしがれるかもしれない。
それが原動力になって、芸に邁進できれば、それはそれで儲けものかもしれないが。
結局の所、そういう実力以外の見えない大きな力は、ジャニーズがいなくてもずっと働き続けている。
見に見える形で、ジャニーズという存在に具現化されていただけだ。
特に日本は制作側に鑑定眼がないから、そういう漠然とした美意識や人気取りに走ってしまうんだと思う。
視聴者も同じ、日本人は無宗教なせいか知らないが、安易な人気に飛びつき、一回信じた事は盲信し続ける癖があるような気がする。
だからこそ、一回名声を得た俳優や芸能人は、その作品ごとに毎回毎回厳しいジャッジをされることなどなく、ずっと活躍できる。
ユーチューバーだって、専門性がないことをしているタレントの様な部類の人達が、なぜあんなに人気があるのか分からない人達がほとんどだ。
中には芯があって人間性が面白い人もいるが、ほとんどの人達が見る目のない人達に支えられている。
それが子供だったらもうしょうがない。
だから、ジャニーズのようなアイドル的存在がこの国で一定の地位や権力を持ち続ける、というのは必然であるとも言える。
人々は宗教の代わりにそういうことを老若男女問わずやっているのかもしれない。
本当に良いもの、よりも、表面上の艶やかさをついつい優先してしまう。
制作側と視聴者側もどっちもそうなので、今後も理不尽な評価はくだされ続けるかもしれない。
公正取引委員会だって、外見が良いだけで演技が下手な俳優を起用するな、とはさすがに言えないし、そもそもそんなこと思ってもいないから、メスなんか永遠に入らない。
だから、俳優がやることは、ジャニーズがいようがいまいが、そういう理不尽なことを無意識で悪気なくやっている連中に、圧倒的な実力差を見せつける以外にない。
今の地位に来た堺雅人のように。
大きな見えない力が介入する余地のないくらい、圧倒的なものを見せつけてやればいい。
すなわち、環境がどうあれ自分を磨くしかないんだろう。
日本にはない演技界のその先
しかし、圧倒的な力を見せつけた所で、本当に味のある演技が出来る人すら、見る目がない権力者たちは抜擢しないかもしれない。
仮に抜擢されても、ビヴァンの様なリアルとかけ離れた無茶苦茶な展開、脚本の荒波に入ってしまえば、その俳優の良さは死んでしまう。
デジタルタトゥーという言葉があるが、悪いことをしているわけではないけど、日本のドラマや映画界は、みんなでずっとデジタルタトゥーをし続けている。
気付かなければいいが、気付いてしまったらもうやりきれないだろう。
俳優として食えないのも地獄なら、主役をヤラセてもらって食えるようになっても地獄、という、行きも帰りも地獄、というこのひどい現状は、ジャニーズ問題だけではない酷さを抱えている。
俳優で成り上がる、なんて夢は今この国にはほぼない。
そりゃ、お金をたくさん稼げて、街で顔を指さされ、ちやほやされたいならいいだろう。
実のところ、成り上がったところで、臭い演技、大根演技をさせられ、恥をさらすだけ。
仮に業界の理不尽さと闘い勝ち、地位を勝ち取ったところで、その先がない。
奇跡的に稀に出来る面白い作品があるかもしれない、運が良ければそれに絡めるかもしれない、という宝くじのような確率にかけて、待っているだけだ。
一般人よりも稼いでいる、という金銭的な優越感以外に、彼らは一体どうやって満たされるんだろう?
それに気づいてしまった俳優は、英語が出来ないなんて言ってないで、猛勉強してさっさとアメリカに行くか、感情が強い韓国に行った方が良いと思う。
今思うと、真田広之も渡辺謙も、アメリカに行って大正解だったかもしれない。
渡辺謙は、演技的に物足りない所、外国人と比べると弱く感じるところは多いが、それでも今の日本ドラマのように、損な映り方はしていない。
もし本人の演技が強かったら、それ次第でもっと存在感を出すことが出来る、というお膳立てをアメリカの制作側はしてくれている。
それはビヴァンの様に、邪魔で不自然すぎる描写、展開、演技の連鎖などがないからだ。
自分は韓国映画の暴力的だったり、品がない描写が好きではないが、演技的にも日本はぼろ負けだ。
基本の感情が強いし、自然だから、ドラマとして見ていられるものが日本より多いと感じる。
だから演技自体を学びたいなら、アメリカに行くよりも、言葉も覚えやすい韓国にみんなで留学すればいいとすら思ってしまう。
でも、そんなこと思ってない、欧米とタメを張ってるくらいに思ってる制作陣や俳優達ばかりだろうから、何も変わらない。
それくらい、深刻で根深い問題があるから、むしろジャニーズに牛耳ってもらった方が良い気もする。
自分が活躍できないのを、全てジャニーズのせいに出来るだろう。
それに、おじさんばかり出て面白くないより、若くて格好良い俳優が出て面白くない方が、まだ救いがあるかもしれない。
理想は、それがジャニーズだろうが俳優だろうが、素人だろうが、全部オーディションで、その役に合っている人、実際に演じられる人を選べばいいだけだ。
仮にオーディションをやっても、合う人・出来る人を選定する能力がなければ、そんなシンプルなことすら機能しないが。
もし、オーディションで誰も見つからなければ、その作品は作らなくて良い。
そうではなく、誰かにゴリ押しされただけで起用してしまう側は、それも含めて見る目がない、ということだ。
例えば草なぎ剛は、事務所を辞めてからは、しばらく干されてしまった。
悪さをして干されるならわかるが、そうでないのに干されるということは、仮に事務所が圧力をかけていたとしても、それを振り払ってでも彼を使いたいという熱意が制作側にない訳で、そもそも彼の良さを分かっていないんじゃないかと思う。
外側の圧力に屈してしまうほどの見る目なんて、大した見る目じゃない。
能年玲奈だって同じことで、いくらでも使いようはあるだろう。
たまたまヒットしたから良かったとしか思えていないんじゃないか。
そういった使う側の技量のなさが著しく欠如している、ということは日本の場合甚だしい。
今の多くの日本人俳優は、韓国人や欧米の俳優と比べても表現できる感情が弱く、俳優任せにしてしまってはドラマとして物足りなさが著しく際立ってしまう。
しかし、日本の俳優はポテンシャルを秘めている良い俳優は多く、外国の俳優より監督の指示に忠実に従ってくれる人たちなので、監督の演出や使い方次第で、いくらでも良いドラマは作れるはずだと思う。
それは、クリント・イーストウッドが監督した「硫黄島からの手紙」が良い例だと思う。
全編通して日本人を使っても、あそこまで持っていける。
福澤克雄と大違いだ。
オーディションでその役が出来そうな俳優をきちんと選び、実際現場で大根になってしまう緊急事態が発生しても、それを徹底的にやり直させて、リアルな演技になって初めて監督は「カット!」と叫べばいいだけだろう。
もちろん、全体の脚本のリアルさも併せて。
そんな簡単なことすらせずに、監督はなんとなくOKを出し、俳優もなんとなくこの演技でいいのかな?くらいで、お互いの譲れない線などなく、日本のドラマや映画はどんどん出来上がっていってるんじゃないかと思う。
そんなに演技が良いわけではないジャニーズのタレントたちが、問答無用で主役にキャスティングされるのは、悪い言い方をすれば、ジャニーズでもいいから、と監督たちが思っているからだろう。
本当に見る目のある監督であれば、演技というものを専門的に学んできている人にしか出来ない領域の演技を要求するはずで、自然とキャスティングは俳優だらけになるはずだ。
それをしないから、別に誰でもいい、むしろイケメンがいい、となり、それは視聴率が欲しいスポンサーと利害が自然と一致する。
監督はスポンサーからの圧力で、なくなくジャニーズをキャスティングしている、という訳でもなく、自然にそうしているという構図が、ここ何十年もずっと続いて来ているんじゃないかと思う。
それは、そういう制作側に一目置かせていない俳優も俳優だけど、やはり監督に一番責任がある。
そういう、演技面のリアルさも含めて総合的に作品をリアルに仕上げる監督が、今の日本には圧倒的に不足している。
かつての黒澤明のような監督が。
だから、仮に今回の騒動で、はまり役じゃないジャニーズがドラマや映画のキャスティングから退場したとしても、大した新陳代謝にはならないと思ってしまう。
ジャニーズはいなくなったとしても、代わりに、深い演技が出来るわけでもないイケメンの若手、ベテラン俳優が主役や準主役をやるだけだ。
仮に堺雅人のようなポテンシャルを秘めた俳優を主役で使ってですら、たちまち大根にしてしてしまう監督ばかりだろう。
それに視聴者はそれがジャニーズじゃなくなっても見続ける。
儲かればいいスポンサー、見る目のない監督などの制作陣、大根演技でも従ってやってしまう俳優、それを盲目的に見る視聴者、この黄金の四角形を崩すのは容易じゃない。
要するに、ジャニーズがいようがいまいが、日本のドラマ・映画界は悪い意味で安泰だ。
そんな日本のドラマ界・映画界が発展する一つの方法は、もう誰も見なくなり、制作陣や俳優の収入も減り、その存在自体が危ぶまれていくことだ。
そうならないと、いつまでもぬるま湯に浸っていて、自分たちはよくやっている、という幻想から目が覚めないんじゃないかと思う。
このジャニーズの問題を機に、一気に日本ドラマ・映画界の人気が下火になるのは悪くない。
皮肉ではなく、本当にそう思う。
今まで目先の人気取りにばかり気を取られ、本当に面白いものを作る、という本業をおろそかにしてきた制作陣が、初めてまともに考えるきっかけにして欲しい。
でもきっとそんなことにはならない。
下火になることもなく、跳ね上がることもなく、このままダラダラずるずる行くんだろうと思う。
もう一つは、まともなドラマ・映画監督が出てきてくれることだ。
それこそ、大谷翔平じゃないけど、俳優との二刀流でもいいから、俺がやる、という俳優はいないのか?
俳優ならさすがに大根演技や、変なストーリーは許さないだろう。
よく俳優たちは、自分が監督で撮りたい作品を撮ったりするけど、それはひとまず置いておいて、日本のドラマ・映画界を救ってくれないか?
みんな自分の事で精一杯なのか?
ジャニーズ問題と別の意味で同じくらい深いこの闇を、誰か解決して欲しい。
日本の娯楽が劇的に改善されれば、きっと犯罪も減っていくはずだ。
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