映画「インランドエンパイア(Inland Empire)」(2006)のあらすじと感想

③見て損はない

監督-デヴィッド・リンチ 2006年 179分

脚本-デヴィッド・リンチ

出演-ローラ・ダーン、ジャスティン・セロウ、ジェレミー・アイアンズ、裕木 奈江、他

「インランドエンパイア」のあらすじ

ハリウッドで女優をしているニッキーは、映画に主演するオファーを受ける。

しかしその映画は、ポーランドの民話を元にした話で、過去に出演した者が謎の死を遂げ、制作が中止になった作品のリメイクであり、呪われている題材である、と監督から告げられる。

それを知っても、前向きに撮影に臨もうとするニッキーであったが、誰もいるはずのないセットから人の気配がしたり、どこか知らない場所に迷い込んでしまったり、共演者と浮気をするも、それが現実か撮影なのか区別がつかなくなっていったり、徐々に不可思議な世界へと足を踏み入れ、自分を見失っていく・・・。

「インランドエンパイア」の感想

デヴィッド・リンチの強烈な臭いが充満する

訳が分からなかった。

1時間を過ぎたあたりで少しづつ訳が分からなくなり始め、1時間半を過ぎて完全に自分の中で意味消失した。

後1時間半もあるのか、と先が思いやられた。

面白いとか、面白くないとか、そんな評価をすることが出来るのかと思う作品である。

全体を通して見た感想で言えば、もう見たくない、退屈であり、決して面白いとは言えない。

しかし、最初の一時間は話が分かりつつ他の映画にない強烈な味で、かなり惹きこまれたし、全編を通して話の意味は分からなくても、非常に興味深い映像などがちらほら最後まで散りばめられていたり、はっきり白黒つけずらい。

断片的な映像描写は、強烈に頭に残っていて、変な夢を見た後のような感じだ。

人には軽い感じでは絶対に勧められない、これ面白いよ!という感じで人に勧めたとしたら、それは嫌がらせ以外の何物でもない。

この監督は、確かに何かを撮らせたら強烈に惹きつける才能というか、映像から臭いを発っする映像を撮れるというか、それが何からきているのかは分からないが、作った映像を見ている者の頭に焼き付けてしまう特殊能力を備えていると思う。

それを自分でも分かっていて、強い自信を持っているからこそ、脈絡がなかろうが、訳が分からなかろうが、大の大人をたくさん集めてこんな映画を作ってしまおうと思えるのだと思う。

普通は、この状態のものを誰も作ろうとしないし、それを手伝う人すらも出てこない思う。

なので、全体としてはっきりと意味は分からなくても、その癖の強い映像表現を見れた、というだけでも貴重なのかもしれない。

しかし、もう十分である、もう一度全編見る気力が湧くめどは、今の所全く立っていない。

マルホランドドライブは、終盤でその不可思議さが帰結し、理解できた感じはあったので面白さを感じたが、この作品は、何も帰結させずにそのまま開け放ったような感じだ。

デヴィッド・リンチ自体、自分でも撮っていてどうなるか分からない、と言っていたらしいから、それも当然かもしれない。

欲を言えば、この人に、今まであまり面白くないとされている大衆向けの映画を、全部撮りなおしてもらったら、どんなに面白くなることかと思う。

ありきたりのヒーローのストーリーや、勧善懲悪ものでも、撮影だけこの人にお願いしたら、きっと全然浅くない、むしろ深さを感じる面白い作品が出来てしまう気がする。

きっと絶対にやってくれないと思うが、だからこそ、こういう作品を撮るんだろうと思うが、それくらい見ている者に何かを感じさせてしまう撮り方が出来る。

どんなにつまらない交通安全を呼びかける映像や、役所が作成するような退屈でしょうがない映像でも、デヴィッド・リンチに映像を撮らせれば、誰しも見てしまう。

どんな浅い、堅い、おかしいメッセージでさえ、デヴィッド・リンチを通したら伝えることが出来るんじゃないか。

アヴェンジャーズのような能力かもしれない。

そう考えると、こんなすごい能力は、昔であれば戦争などに無理やり利用させられていたかもしれないと思うと、怖い。

自分が見た色んな監督の作品の中で、ぶっちぎりで、少ない要素で変な映像を作れてしまう監督だと思う。

ここ100年では間違いなく一番だと思う。

低予算でも、役者と空間と安いカメラだけあればそれで作れてしまう。

クリストファー・ノーランの作る映像も好きだが、デヴィッド・リンチの濃い映像には程遠いとすら思う。

ミヒャエル・ハネケとか、ラース・フォン・トリアーなども良い線を行っていると思うが、映像自体に関しては、彼らよりももっと意識下に落ちていて、デヴィッド・リンチの方が上である。

ただ、この作品が全体を通してしまうと、退屈であることに変わりはないが・・・。

これは高尚な芸術か否か?

最初の一時間は、安っぽい荒い画質の映像をあえて使っている感じと、アップや独特の長いセリフ回しなどの相乗効果で、見たことがない、不思議でやたらと雰囲気があるドラマ感に、実に惹きこまれた。

アップにするとその画質の粗さが明らかに目立つような映像が全編にわたっているなど、映画ではまず見たことがないが、それすらも、何か意味ありげに、味の様に感じてしまうから不思議である。

きっと、撮ってる本人はそんな事何も考えずに、ただこのカメラで撮ってみようくらいなのだろうが、画質うんぬん関係なく映像自体に変な力があるから、深く見えてしまう。

最初の近所のおばさんとのやり取りから、変わった主人公の夫や一緒に映画に出演する俳優との関係など、実に変な雰囲気があって良い。

その最初の一時間を超したら後はストーリーはあってないような感じになるが、それでも主人公が汚れていく様、娼婦たちと過ごす感じや、眼鏡をかけた小太りの男性との薄暗い部屋でのやり取り、主人公が倒れた道端で日本人の女優が長めにしゃべっている感じなど、意味ありげで不思議な映像が散りばめられていて、所々見てしまうことは見てしまう。

それを見るために見て欲しいなどとは決して言えないが。

これは映画という形をとった、普通の映画という枠にとらわれない、芸術的映像表現に違いない。

どっかの展示ホールに、この映画をただ流し続けるだけで、その空間自体が一つのアートになるような気がする。

しかし、芸術、というものは私には分からないので、何か感じるものはあっても、どこか言葉に出来ない感想になってしまう。

一般的なエンターテインメント的映画とは一線を画する作品である。

ただこれが高尚である、などという気は毛頭なく、良くも悪くもデヴィッド・リンチらしさがよく出ている、ということである。

決して面白いと言える作品ではないが、面白くない、と言えるほど薄い感じもない、独特の映像表現は確かに存在している、非常にやっかいな作品である。

これで、ストーリーもしっかりと映像にくっついて来るものであれば、とんでもない作品になっていたんだろうとは思う。

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