映画「リチャード・ジュエル(Richard Jewell)」(2019)のあらすじと感想

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監督-クリント・イーストウッド 2019年 131分

脚本-ビリー・レイ

出演-ポール・ウォーター・ハウザー、サム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、ジョン・ハム、オリヴィア・ワイルド、他

「リチャード・ジュエル」のあらすじ

法の執行官に憧れる青年リチャード・ジュエルは、かつては副保安官をしていたが、今は会社の備品係として働き、母親と二人暮らしをしていた。

会社の備品係りを辞め、大学の警備員になるも、その正義感の強さゆえの行き過ぎた行動が煙たがられ、クビになってしまう。

新しい仕事として、オリンピックが開催されている会場近くのコンサートの警備員になったジュエルは、コンサート中に不審なバッグを見つける。

警察が調べると爆発物であることが判明し、観客を避難させている間に爆発してしまうが、早く見つかったおかげで被害が少なく済み、ジュエルは一躍ヒーローとしてメディアで取り上げられる。

一方、オリンピック期間中でもあり、世界から注目が集まるこの事件を早く解決したいFBIは、ヒーローとして扱われる第一発見者のジュエルが爆弾犯であると推理し、強引なやり方でジュエルを犯人に仕立て上げていこうとする。

ヒーローから一転、テロ事件の容疑者となってしまったジュエルは、かつて備品係りをしていた時に知り合った弁護士を頼りに、濡れ衣をはらそうと奔走していくのだった。

「リチャード・ジュエル」の感想

ジュエルの絶妙な癖のあるキャラクター

面白かった。

警察側の、理不尽に証拠もなく容疑者にしようとする感じ、アホだと思って犯人であるという書面にサインさせようとしたり、爆弾犯の通報を真似させて証拠にしようとしたり、犯人に仕立てようとするあの手この手のやり口に、本当に腹が立つ。

イーストウッドは、こういう理不尽な描写を描くのが本当にうまいと思う。

そして、主人公のジュエルの、善人だが疑われるような行動をしてしまう怪しい感じ、がよく描かれていると思う。

こういう生真面目なタイプで、本当に融通が利かず、些細な事を大事にしてしまう、正義をはき違えたマニュアル人間は本当にいる。

ジュエルも、一見そんな感じに見えるが、勝手にスニッカーズをプレゼントしたり、通りがかった妊婦に飲み物をあげたり、母親を自分のバイト先に呼んだり、決してただ堅いだけではなく、良い方向に一歩踏み込んだ大胆な行動をしたりもするので、ただのマニュアル人間ではない。

それが時におせっかいのように感じ、うっとうしがる人間もいるであろうことは簡単に想像がつく、例えばクビになった大学の学長もそうだったように。

しかし、彼のことを理解して、うまく扱えばめちゃくちゃ役に立ってくれる人間ではある。

爆弾を発見して、被害を抑えた人に言うのは失礼かもしれないが、癖があることはあるので、その感じがうまく描かれているなと思った。

なぜそこまで警察などの法執行官というものに憧れているのかも分からない。

普通に警察になろうと思う人達とは、明らかに別の動機がある、と感じてしまう。

給料が安定している、という以外に、昔警察にお世話になったから、何か人に役立つことがしたい、などという動機とは一線を画する、警察が好き、というオタク的な匂いを感じ取ってしまう。

ミリタリーオタクに近いような、警察オタクというか、警察として振る舞うこと自体に憧れがあるという感じが、ジュエルからは強く感じる。

よくいえば、純粋でピュアで、彼のような人こそ警察になるべきである、とも言えるかもしれないが。

憧れを持った人は実際は結構いるかも知れないが、それがただジュエルのようにあまり表には出ないだけかもしれない。

法執行官に憧れている、その感じが、ブラック・ライブズ・マター運動で、問題になったジョージ・フロイド氏の殺害事件を起こした保安官達のような、行き過ぎたことをやってしまうんじゃないか、という怖さもある。

彼らはめちゃくちゃだったので、比べることはジュエルに失礼かもしれないが、そんな雰囲気はある。

自分の采配を超えて行うことが、正しければ良いが、そうでなければ迷惑この上ない。

しかし、そんな描写はこの作品には特にないので、ジュエルはそういう雰囲気はあってもやらないのに、誤解されてしまう人間なのだろう。

そういったことも鑑みて、ジュエルの経歴や過去の行動も調べた警察が一瞬疑う、というのは分からなくもないが、証拠も出てこないのに執拗に疑い続ける、というのは実に当時の警察の無能さがうかがえる。

昔の話である、と信じたいが。

自分達の名誉のために、FBIの連中があからさまに事件をねつ造しようという感じは、本当にそういう事をしそうな人間に見えて実に腹が立って、悪役としては悪くない。

実際の話であるがゆえに、これは勇気を持って作った作品だと思う。

クリント・イーストウッドにしたら、もう怖いものなどないのかもしれないが。

最初は警察を信じて良い様にされていたジュエルも、最終的にはFBI捜査官たちにガツンと言えるくらい成長した所も良かった。

同じように、実際の事件を映画化した「15時10分パリ行き」や「アメリカンスナイパー」よりも、映画として面白く感じれた。

「15時10分パリ行き」は、素人の足りない演技や、宗教的な感じと結果オーライ感が好きになれず、「アメリカンスナイパー」は、映画製作中に主人公のモデルが死んでいなかったら一体どういうテーマで作るつもりだったんだろうという怖さがあり、どちらも良いとは思えなかった。

そういう実話シリーズの中でも、「運び屋」と同様、クリント・イーストウッドらしいエンターテインメント感も備えた作品になっていると思う。

強いて言えば、FBIがもっと酷いことをしてきても良かったのかなと思った。

署名させようとしたことや、電話の音声の証拠のねつ造は映画の中では未遂に終わっているし、家宅捜索で押収品をねつ造する訳でもないので、FBI側の責めは結構弱いと思った。

実際に証拠がないのだから、責めようもなかったのかもしれないが。

ジュエルの周りの名脇役たち

ジュエルを支援する弁護士が、また味があって良い。

俗世間にはあまり興味がない感じで、適当だけどポイントはおさえている、ナチュラルな振る舞いが好感を持てる。

いわゆる真面目な感じの普通の弁護士とは一線を置いている、弁護士の中のはぐれ者感があり、そういう人間が人助けをするというのが良い。

本当に困った時に力になってくれる人って、自分のことをヒーローだとは思っていない、こんな感じの抜けた人なんだろうと思う。

秘書にお尻を叩かれてやっと動く感じも面白い。

最後にレストランでジュエルと二人、ささやかに闘いの終わりを分かち合うシーンも良い。

新聞記者の女性も、自分の名誉のためにしたたかに動く感じが、典型的な悪のメディアという感じで悪くない。

新聞社も、彼女のことを邪険に扱う時もあれば、スクープを祝って手のひら返ししたり、筋がない感じが、メディアに対する強烈な皮肉でもあると思う。

自分は、この女性は、トップ記事になるなら敵だろうが味方だろうが、関係なく動く人間で、一見節操がないが、ある意味本当のプロであるのかな、などと思っていたが、そうではなかった。

ジュエルの得になるような、FBIの悪徳な捜査の仕方も、記事になるなら平気ですっぱ抜いて、ジュエルに協力する、という感じだったらもっと人物像に深みが出て、面白かったと思う。

その情報は握っていたはずなのに。

ただFBIの情報を出すだけで、後はジュエルが犯人であるかのような偏向報道に徹するのは、何とも浅い報道である。

そういう記者は本当にいるので、ある意味リアルではあるし、メディアに対する批判を込めてそうしたのかもしれないが。

本当に存在する新聞社の名前を堂々と使ってしまう所が、アメリカらしいというか、イーストウッドらしいというか、すごいことではある。

この記者の人物描写に対しては、アトランタ紙側は事実と違うと批判しているらしいが、ジュエルに対する偏向報道を、儲かるからといって新聞社をあげてやりすぎたことは事実だから、反省すべきことであるだろう。

そういった記者も含め、FBI捜査官、ジュエルの母親、弁護士、弁護士の助手など、個性的なメンツが物語に良い厚みを与えていて、楽しめた。

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