映画「ステキな金縛り(2011)」が“つまらない”理由と考察、その感想

⑤つまらない☆1

ステキな金縛り  英題:ONCE IN A BLUE MOON

監督-三谷幸喜 142分 2011年

脚本-三谷幸喜

出演-西田敏行、深津絵里、竹内結子、浅野忠信、草彅剛、他

映画「ステキな金縛り」のあらすじ

弁護士として失敗続きのエミは、最後のチャンスとして殺人事件を担当することになる。

その事件で妻を殺した容疑をかけられている矢部は、ある旅館で金縛りにあっていたため、殺人は不可能だとアリバイを主張する。

エミがその旅館に実際に行って泊ってみると、寝ている最中に落ち武者の霊が自分に乗っていることに気が付く。

その霊となぜか話ができたエミは、その落ち武者の霊を裁判の証人として連れていくことを決意する。

どうやって裁判を行うのか?証人として認めてもらうことが出来るのか?事件の行方は?エミは弁護士として一旗揚げることが出来るのか?

“つまらない☆1”理由と考察、その感想

終始あざとい西田の演技

西田敏行演じる落ち武者と深津絵里のコミカルなやり取りがあるが、西田敏行がコント口調でなんか覚めてしまう。

面白くしたいのは分かるが、そうしなくても魅せれるんじゃないか。

というか、そうしたら面白くなくなるぞ。

それも監督の指示なのかも。

そして、三谷幸喜の作品は、会話が中心で自分的には好きな部類の作品が多いが、なぜか全体的に作り物感がしてしまうのはなぜだ?

会話劇が中心のストーリーって悪い意味で演劇っぽくなってしまい、なんか無理にストーリーを作っていってしまう感じを受ける作品が多い。

特に日本の作品は。

その割には、実は、みたいな要素や感動も入っていて話として盛りだくさんと思うのだが。

軽いノリ、軽演劇というのか?全体を通して軽い印象を受けた。

自分的に、映画に笑わせようとする意図が見えるものはなるべく入ってない方が良いと思う。

役者それぞれが自分の役を演じてぶつかっていくうえで、自然と面白く見える、それでいい。

そもそも幽霊を法廷に呼ぶという設定が、途中からありきになってしまう。

それがフィクションで映画だから構わないと思うが、どうも無理があるという感じを受けた。

フィクションのためのフィクションとでも言うのか。

この映画はコメディだと思うが、最初からこの映画を見て笑おうとしている人をターゲットにしているのか?なんて思った。

全体を通して、もっとリアルという感じをどこかで見せてもらえたら良かった。

舞台って感じも嫌いじゃないが、三谷幸喜の作る作品はいつも演劇っぽい作品が多い、それは悪い意味で。

映画って感じがあまりしない。

最近の日本ではあまり映画らしいものが少ないのでしょうがないとは思うが、これがヒットして、こういうのを普通の日本の映画として成立させてしまうのはどうなんだ?

映画ならでの語らずとも雰囲気ある描写とかをもっと入れている作品もぜひ作って欲しい。

コメント