映画「さよなら人類(2014)」が“物足りない”理由と考察、その感想

④物足りない☆2

スウェーデン語題名:En duva satt på en gren och funderade på tillvaron

監督-ロイ・アンダーソン 2014年 101分

脚本-ロイ・アンダーソン

出演-ニルト・ヴェストブロム、ホルゲル・アンデション、他

映画「さよなら人類」のあらすじ

奇妙な人間達の様々な人間模様が描かれる。

売れないパーティーグッズを売り歩く中年男性二人組、船酔いが理由で理容師に転職した元船長、好きな男性の生徒に執拗にハラスメントを繰り返すダンス教室の女性教師、お金がない酒場の男たちに自分に口づけをすることを条件に酒をただで振る舞うバーの女性店長、突如町のバーにやってきて男性店員を口説く王様。

“物足りない”理由と考察、その感想

退屈な芸術的作品

よく分からなかった。

パーティーグッズを売り歩くセールスマンの道中を中心に、様々な人間のドラマも描かれる。

ストーリーはあるようで特にこれといったものは何もない。

小さい寓話のようなものがたくさん詰め込まれている感じ。

これは、各所著名人から絶賛されているようだが、私には何がすごいのかもう全く分からなかった。

何か意味ありげなシーンがひたすら続くが、心動かされるところまではこない、だからなんだの連続で、退屈でしょうがなかった。

確かに、芸術的と言われればそんな気もするし、哲学的な意味もあるんだと思う。

動く絵画と言われているように、どのシーンで止めてみても、確かに絵画のように見える。

だから、なんだ?

それが、ストーリー自体も面白くて、さらに絵画にも見えるというプラスアルファだったら良いが、ストーリーに引き込まれるわけでもないので、すごいとも思わない。

こういう手法でやってみました、というだけでは意味がなく、それ自体がよほど魅力的でなければ意味がない。

哲学的な意味に関しても、大して深い意味も感じない、前から知っている程度の事だと思う。

この映画のあらすじを耳で聞くと面白そうに感じるが、実際に見てしまうと頭でっかちに感じてしまう。

演技とか、リアリティとかとは違う、発想ありきで作られた作品は、そういうことがよくある。

わざとだろうが、出演者の顔が変な色をしている、生き生きとしているように見せないようにしているメイクなど、リアリティとはかけ離れている。

確かに、こういう作品があっても良い。

しかし、私はこういう作品を面白いというようになったら終わりだと思っている。

面白いと心から思えている人は良いと思うが、そうでないエセ映画通が面白いと良いそうな作品だからだ。

面白くないとも言いづらい、君はまだまだ勉強が必要だなどと言われ、これが面白いんだ、と間違った勉強をする。

そうやって感性がどんどん失われていく。

面白くないものは面白くない。

発想自体、滑稽なものはあるが、終始退屈でしょうがなかった。

人間ドラマは特になし

おじさん二人がパーティーグッズを売り歩く、事実上の主人公だと思うが、二人の会話に特に深いものもなく、成長した感じもない。

全ての話がそうだが、会話が面白くなりそうな所でパッと終わってしまう。

人間性を排除したような淡白な演じ方をさせているからというのもあるだろうが、全編通してグッとくる人間ドラマというようなものは何もない。

せめて主人公二人の会話や関係性は、もう少しちゃんとしたドラマに仕立てた方が良かったと思う。

ストーリーの軸的なものすらないに近い。

たっぷりと間を取った長回しも、それが味と言えばそうだが、大分間延びした感じを受けてだんだんと退屈になってくる。

そこまですごい発想を織り込んでいる訳でもないんだから、もっと小気味よく話が進んでいって問題なかったと思う。

まあ、しかしそんなこと言ってもしょうがない、これはそういう作品ではない。

この退屈を楽しめる、まずいものをあえてうまいというような、高尚な人達のための作品というか。

自分はそんな域には到底達していないし、行けないし、行きたくはない。

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