映画「イブラヒムおじさんとコーランの花たち(2003)」が“物足りない”理由と考察、その感想

④物足りない☆2

仏題:Monsieur Ibrahim et les fleurs du Coran

監督- 2003年 95分

脚本-フランソワ・デュペイロン、エリック・エマニュエル・シュミット

出演-オマー・シャリフ、ピエール・ブーランジェ、ジルベール・メルキ、イザベル・アジャーニ、他

「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」のあらすじ

フランスの下町で父と二人で暮らす少年のモモは、いつも自分を兄と比べてくる父に嫌さを感じながらも、生活費を切り詰め、細々と暮らしていた。

モモが暮らすブルー通りは、雑貨店など小さな店がひしめき、着飾った娼婦たちがたむろするような場所だった。

モモは、時々行く食料雑貨店の店主でトルコ人の老人、イブラヒムと仲良くなるが、自分がその店でたまに万引きしていたことがばれていたことを知る。

イブラヒムは、どうすれば節約できるのかなどの生活の知恵はもちろん、どうやって女性と接するかなど、様々な教訓をモモに教えていく。

ある日、父が突如失踪してモモは一人きりになってしまうが、そんなモモを見て、イブラヒムはある決断をするのだった。

“物足りない”理由と考察、その感想

オシャレな雰囲気で始まる冒頭

1960年代のフランスの下町を舞台に、父と暮らすユダヤ人少年と、近所の小さな食料雑貨店を営むトルコ人男性との交流を描く。

ティミー・トーマス(Timmy Thomas)の、「ワイ・キャント・ウィー・リヴ・トゥギャザー(Why can’t we live together)」という曲に乗せ、味のある下町の街並みをバックに、思春期の少年が娼婦のお姉さんや、雑貨店の主人と交流していく様は、何ともおしゃれで見入ってしまう。

この味わい深い曲が、メロディーや歌詞だけでなく、タイトルもふくめこの映画の根幹をなしているとも言える。

自分はこの曲を知らなかったが、この曲を知れて良かった。

異国感を感じられ、映画らしい良さを感じる冒頭で好感が持てる。

モモとイブラヒムの関係性が物足りない

これがもし本当の話だとしたら、とても素敵な話で、確かに映画になりそうな、ドラマチックな話ではあると思う。

しかし、ここで描かれている事だけ見ると、結構物足りない。

何が足りないのか、それはモモとイブラヒムのやり取りが、特にケンカや衝突もなく、普通であり、2人の関係を作っていく描写が足りないことが大きいと思う。

モモは、母にも父にも出て行かれ、少年にとっては辛い環境であるにも関わらず、文句も泣き言も言わないのは、よく言えば非常に強くて、素晴らしいことだとは思う。

しかし、もう少しイブラヒムに気持ちをぶつけたり、心の内をさらけ出しても良いような気がした。

そこらへんが、強いというか、そもそも家族というものにあまり関心がないようにも見えてしまい、モモがどう思っているのか分からない描き方になってしまっている。

かといって、この状況に困惑していている訳でも、人にすごく心を閉ざしている訳でも、それをイブラヒムが解きほぐしていくという訳でもなく、どっちつかずである。

もし、モモが天涯孤独でどうしようもなく心細いのを、イブラヒムが必死に優しく慰め、包み込む、という事なら感動するが、モモは元から父に対してそんなに愛情を感じている訳でもなく、今の自分の状況を達観して見ている感があり、そこまで落ち込んでない感じなので、非常に感動しづらい。

実は気丈に振る舞っていて、それがいつか噴き出す、という訳でもない。

モモはもうすでに強いので、その強さがこのストーリーにおいては邪魔な気もする。

イブラヒムはモモに色々教えていったりもするが、それはまるで優しい親戚のおじさんという感じで、モモも大感動する訳でも特に反発するわけでもなく、そこそこ楽しい感じで、お互いに踏み込んだコミュニケーションがある訳ではない。

二人の関係が、見知らぬ雑貨屋のおじさんが親を亡くした近所の子を養子にする、というすごくドラマチックな設定にも関わらず、さらっとしすぎていて、最後の結末で泣きたくても泣けない。

特に何もトラブルもなく養子になり、モモは非常に運が良い子である。

イブラヒムは、こんな良い人がいて良いのか、というくらい良い人であり、良い人であるというのは分かるが、どんな人間かは分からない。

ニコニコしていても闇を抱えているという訳でも、全然笑わず厳しいが、実は優しいという訳でもない、深みのないただのいい人という感じに見えてしまう。

奥さんを亡くしている、ということだが、その設定も効いているようで効いていない気がする。

むしろ、イブラヒムは頑固で怖い感じのおじいさんの方が、よほど面白くなったと思う。

父よりも厳しいが、父よりも深い人間性を持っている、という方が良い。

しかしそうはなっておらず、辛い境遇だけど、優しい良いおじさんに出会えたね、という起伏のない話であり、ストーリーとしては物足りない。

心細いモモと優しいイブラヒム、もしくは生意気なモモと厳しいイブラヒムのどっちかだったら感動していたと思うが、強いモモと優しいイブラヒムなので、相性が悪いと思う。

モモには兄もいると言われていたが、実はいなかった、という真相も、なぜそんな嘘をついていたかイブラヒムが詳しく知っていたり、理由を教えてくれたりする訳でもなかったら、その設定はなくても良いとも思う。

イブラヒムは、ずっと頑固な感じで来ていたけど、最後に死ぬ間際で、モモへの思いを吐露すれば、それまでのやり取りがしっかり描かれていればだが、かなりグッと来たと思う。

モモとイブラヒムの会話の質や関係性がこの物語の重要な軸であるにも関わらず、その会話に感情のやり取りや、心のぶつかりがある訳でもないので、残念である。

イブラヒム役の役者は味のある役者を使っているし、フランスという国で移民たちが力を合わせて生きていく、というテーマも素敵なのに、中身ではなく、映像自体の画や音楽など外側の雰囲気を楽しむ作品になっている。

それはそれで、映画を楽しむ一つの要素ではあるけれども。

宗教的、社会的、人道的メッセージ性も入れられるくらいドラマチックな話の割に、なんとなく良い話で、オシャレな感じで、さらっと終わる感じにもったいなさを感じてしまった。

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