映画「マラヴィータ(2013)」が“物足りない”理由と考察、その感想

④物足りない☆2

マラヴィータ 英題:The Family

監督-リュック・ベッソン 2013年 112分

脚本-リュック・ベッソン、マイケル・カレオ

製作総指揮-マーティン・スコセッシ、タッカー・トゥーリー

出演-ロバート・デニーロ、ミシェル・ファイファー、トミーリー・ジョーンズ、他

映画「マラヴィータ」のあらすじ

FBIの証人保護プログラムで田舎の町に逃げてきたマフィアの家族。

街や住民に紛れて身を隠し、馴染んでいこうとするが、体に染みついたマフィアの体質は、日常生活の端々に表れてしまう。

娘や息子は学校で、母親は街中で、それぞれマフィアの片鱗が出てしまう。

父親は小説家という嘘の肩書を住民に言っていたが、ある時講演によばれ、博識家としてマフィア映画の解説を頼まれ、調子に乗りしゃべりすぎる。

そんなこんなで、どこからか漏れてしまった素性を、敵のマフィアに嗅ぎつけられ、家族は再び命を狙われてしまう。

果たしてマフィア家族の運命は?

“物足りない☆2”理由と考察、その感想

個性的な登場人物だが、想像の域を出ない

登場人物が比較的個性的で、コメディーではあるが、そこまであざとくなく自然で見やすい。

家族はマフィアのボスの家族で、普通の家族ではなく、やはりそれなりの家族であるというところがユーモラスだ。

怒らせたら何をするか分からない、個性的な家族が魅力になっている。

個性的だが、暴力に慣れている、素行が悪い、マフィア関連の情報を知っている、武器の扱いがうまいなどの表面的な事柄ばかりで、それが軽いテイストになっていてもったいない。

奥さんがご近所のトラブルを解決してしまう、娘や息子が学校で他の生徒たちを束ねて支配する、先生すら手玉に取る、など、マフィアの家族らしいコミカルな振る舞いはいくらでもあったんじゃないかと思う。

それはあからさまな暴力や裏工作ではなく、あくまで会話の巧みさやイエスと言わざるを得ない状況を作り出して相手を追い詰め、暴力は最終手段として使うべきだ。

マフィアの家族だから、過度に暴力的である、犯罪のやり方を知っている、気に入らないスーパーを爆破する、なんてリアルからかけ離れている。

そうではなく、内面からにじみ出る、「普通とは違う怖い家族」という描き方にして欲しかった。

スコセッシが関わっているのに、何をしているんだ、と思う。

製作総指揮なんて所詮お飾りか?

そういう意味で実に面白くなりそうな設定だが、想像の域を出なかった。

予告編を見るととても面白そうに感じたので、予告編がピークだった。

リュック・ベッソンが関わる作品って設定は良いものが多いが、面白くなりそうな手前で終わってしまうものが多い気がする。

デニーロがやる必要あるか?

デニーロが少し楽しそうな感じもする。

「グッドフェローズ」の映画を、デニーロが自ら解説するシーンなど、ファンが喜ぶ要素も入っている。

リュック・ベッソンがデニーロのマフィア物の大ファンらしい。

しかし、デニーロが心の底から楽しんでいるかというとどうか分からない。

デニーロといえば、やはり内に秘めた狂気性のような役が真骨頂だと思う。

今回の役は、無難も無難の、デニーロにとって役作りなんて何もしなくても撮れるくらいの役だと思う。

言ってみればファンサービス用の役というか。

それなりに浅くも深くもない役なので、これはデニーロがやる必要があるのか?

せっかくデニーロが出るなら、もっと面白くなければもったいない気がする。

後半にデニーロの怖い部分が出てきても面白かったんじゃないか。

デニーロのマフィア作品がベッソンは好きなのはわかるが、きつい言い方をすれば、デニーロをうわべだけヨイショしただけの作品とも言える。

好きだからこそ、今までを踏襲しつつ、新しいマフィア像を演じさせる、ということでも良かったと思う。

というか、本当に好きか?と思ってしまう。

好きならもっとデニーロの良さを出して欲しかった。

リュック・ベッソンではなく、タランティーノにやってもらえば、確実に面白いものになったと思う。

きっと脚本からガラッと変えてしまうだろうが。

いくらスコセッシとリュック・ベッソンが関わっていたからって、そうでもないと思ったら断ればいいと思う。

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