ドラマ「19番目のカルテ(2025)」が”物足りない”理由と考察、その感想

④物足りない☆2
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  1. 19番目のカルテ
  2. ドラマ「19番目のカルテ」のあらすじ
    1. 「第1話-その医師が、人を、医療を、変えていく-総合診療医を描く新医療ドラマ」が”物足りない☆2”理由と考察、その感想
      1. 総合診療医を取り巻く人間ドラマ
      2. ミュージカル風味のオープニングは悪くない
      3. 医師達の冷たい感じはリアルで良い
      4. 誠実な新米医師、滝田
      5. 病名を突き止めるサスペンス要素は興味深い
      6. 徳重とおつぼね看護師の軽妙なやり取り
      7. 本当に辛そうな黒岩、くさい徳重
      8. 徳重は可愛いが、少し人工的
      9. おまけ:漫画が原作の実写に思うこと
    2. 「第2話-ヒーローも、怪獣も」を”観て損はない☆3″理由と考察、その感想
      1. 心臓病で亡くなった男の子の兄を治療する話
      2. 弟の世話で苦しかった兄、包み込む徳重
      3. この話を通しての、たく君の存在感が悪くなかった。
      4. いらない決めゼリフ、先走る音楽、締まりのない告白シーン
      5. 自分からしゃべり過ぎなたく君
      6. 有松はたく君のことをなぜほとんど知らないのか?
      7. 深い人物設定が含まれている
    3. 「第3話-どの道を選んでも」が”つまらない☆1″理由と考察、その感想
      1. 喉のガン手術をしたくないアナウンサーを徳重が説得する話
      2. 外科部長の口撃が効かない徳重
      3. 何も提示せず、人柄で押し切った徳重の診察
      4. 何も掘り下げなかった徳重の問診
      5. いつもの日曜劇場だった
    4. 「第4話-誰かと生きるということ」が”つまらない☆1″理由と考察、その感想
      1. 生活習慣病を治療する話、サポートに回る徳重
      2. 隠れて食べているというあるある、努力しない夫
      3. 足りない夫婦の関係性
      4. 嫌な鹿山へのぶつかりが足りない滝田
      5. 真相にたどり着かなかった滝田と鹿山、監督不足の徳重
      6. 普通のテーマを、掘り下げの足りないストーリーで見せた回だった
    5. 「第5話-心はどこにある」が”観て損はない☆3″理由と考察、その感想
      1. 実の母を手術した茶屋坂医師を徳重が診察する話し
      2. 実は母が苦手だった茶屋坂
      3. 常識的な母親、常識外の茶屋坂
      4. 母親の嫌味の理由が不明
      5. 茶屋坂は誰とも合っていない
      6. 母親はもっと嫌な人間の方が面白かった
      7. 味のある徳重のしゃべり
    6. 「第6話-最期への旅路」が”観て損はない☆3″理由と考察、その感想
      1. 末期がん患者を滝田と徳重が看取る話し
      2. 患者に寄り添おうとするが、辛さも感じる滝野
      3. 患者の半田はもうちょっと頑固であって欲しかった
      4. 長男の質問にはっきり答えない徳重
      5. 滝野に心情をしゃべらせた徳重はちょっと冷たく見えた
      6. きつい看取りのシーン
    7. 「第7話-お前には、話さない」が”物足りない☆2″理由と考察、その感想
      1. 盛り沢山の7話
      2. コーディネーター的な滝野、普通すぎる患者
      3. ぶつかりの足りない茶屋坂と東郷、冷静な戸田
      4. 徳重の夏休み、明かされない過去、臭くて冗長な海辺のシーン
    8. 「第8話-ひとを、診る人」が”つまらない☆1”理由と考察、その感想
      1. 感動先行の臭い8話
      2. 目的不明の、グズグズの赤池の設定
      3. すぐ態度を変えた情けない東郷外科部長
      4. 闘いがなく、あざとくて臭い2人の会話
      5. ドラマ「19番目のカルテ」を見終えて

19番目のカルテ

テレビ局-TBS プロデューサー– 岩崎愛奈、相羽めぐみ

脚本-坪田文

演出– 青山貴洋、棚澤孝義、泉正英  音楽– 桶狭間ありさ

出演-松本潤、小芝風花、津田寛治、仲里依紗、六平直政、池谷のぶえ、生瀬勝久、木村佳乃、ファーストサマーウイカ、岡崎体育、田中泯、新田真剣佑、矢部太郎、他

ドラマ「19番目のカルテ」のあらすじ

魚虎総合病院では、一人一人の患者に時間をかけて診察することよりも効率を重視し、一部の患者からは不満の声が上がっている。

新米整形外科医の滝田は、そんな病院の状況に戸惑いを感じている。

そんな中、19番目の科として総合診療科が新設され、総合診療医の徳重が赴任することになる。

徳重は病院に来て早々、整形外科に入院している患者の発作が心筋梗塞であることを見抜き、患者は一命を取り留める。

さらに徳重のもとには、滝田を通して、病院をたらい回しにされた謎の痛みに苦しむ女性患者が訪れ、他の医師の反対を押し切り、入院させることを決めたのだった。

「第1話-その医師が、人を、医療を、変えていく-総合診療医を描く新医療ドラマ」が”物足りない☆2”理由と考察、その感想

総合診療医を取り巻く人間ドラマ

病院に新設された総合診療科に赴任する、総合診療医を描いたドラマ。

医者のドラマが始まるらしいことは知っていたが、何となくゆるそうに感じて見るのが億劫だったが、見てみたら、思っていたよりは面白かった。

中盤まではサクサク進んで、特に引っ掛かることもなく、むしろ、男性患者の急変を見抜いた徳重の感じ、親身でない医師達の雰囲気、徳重とそれらの医師との対立、徳重とベテラン看護師と滝野の会話、たらい回しにされた患者の扱いなど、どうなるんだ、と思って興味を持って見れた。

しかし、デザイナーの患者、黒岩の診療が始まった辺りから一気に臭くなり、大げさなBGMもボリュームが大きくなり、冗長で間延びした感じのまま終わってしまった。

せっかく途中まで良かったのに、後半がモヤモヤっとした感じで、大分萎えた。

次の話も見ようと思う気持ちがしぼんでいった。

なぜなのか考えていきたい。

ミュージカル風味のオープニングは悪くない

序盤で女性患者が大きな独り言を待合室で言い、男性患者も大きな声でしゃべり、整形外科の医師も画面に向かってしゃべる演出は悪くない。

ちょっとミュージカルっぽい感じもある。

最初はなんだ、と思ったが、リアルなしゃべりなのか、心の声なのか、いっそのこと一見どっちか区別がつかないくらいごちゃまぜでも、こっちも考えさせられるので、面白い気もする。

徳重が居酒屋の店主の話しや、デザイナーの話しを聞いているうちにその中に入り込んで会話をする演出自体も、むしろ分かりやすくて良い。

医師達の冷たい感じはリアルで良い

出てくる医者達は、最初の整形外科の科長を始め、それっぽい感じが悪くない。

整形外科の科長は、表向きは優しい、本当に優しい部分もあるんだろうが、それは自分の都合に合っている人に対してだけ、という雰囲気がリアルでムカつくので良い。

時折笑顔を出す感じもよりムカつく。

もちろんそうでない医者もたくさんいるんだろうが、こういう、患者からしたら何か違和感を感じるが、言いづらい、結局何も言えない、という医者はたくさんいる印象だ。

特に親身になって欲しい患者には、こういう医者との間には常に温度差があり、デザイナーの患者の様に、不信感しか抱かない。

他の医師たちも、悪人ではないんだろうが、それなりに自分の業務をこなすだけ、という医師達の雰囲気が板についている。

誇張されているとは思うが、申し訳ないが、医者の印象はこういう人達の方が多い、と思ってしまう。

親身になっているフリをしているだけで、どこか軽い、スッキリしないな、というような。

新しいマシンが入った、それよりも給料上げて欲しい、とか、裏の会話も大したことがない。

医者に限ったことじゃないが。

社会的に信用のある職業だから、そこで働く人達がみな素晴らしい、とは全く限らない。

出てきた外科医も麻酔科医も、内科医も小児科医も、親子の医者もみんな同じ様な、大して信用出来なさそうな軽さがある。

それは、総合診療や徳重に対してまだ馴染みがない、心を許してない、という態度の印象もあるだろうが、それだけでないリアルな薄さがある。

医者ってこんなもんだろう、というイメージと一致する。

役者にとって、良い人間よりも悪よりの人間の方が演じやすいので、より板について見える、というのもある。

そんなドライで頭の堅い医師たちと、ホンワカしているが柔軟に真実に近付いていく徳重との対決は、勧善懲悪の様で面白い。

極端に言えば悪だらけという感じなので、そんな環境を徳重がどう変えていくのか、悪よりの医者がどうひっくり返っていくのか、ということには少し期待感がある。

誠実な新米医師、滝田

整形外科の新米医師の滝田は、誠実で真摯的な感じが伝わってきて良い。

今のところ、医者の中では、院長とこの滝田だけが徳重の味方になってくれる感じで、現場の医者の中では唯一まともかもしれない。

表情豊かであざとくなく、演じている感もほぼなく自然で、真剣な表情もリアルで良い。

この滝田が出演者の中で一番自然で、露出も多かったので、滝田のおかげで大分見やすくなっている。

頭を下げる時の感じは、まるで侍のような雰囲気もあり、真面目さが伝わってきて、独特で面白い。

徳重に謝りに行き、心筋梗塞は医者も見つけるのが難しい、などと慰められ、何とも言えない顔で下を向く感じなどリアルで良い。

患者を助けたい気持ちにあふれ、徳重に話を聞きに行ったり、総合診療のビデオを見たり、デザイナーの患者に寄り添う感じなど、フレッシュでやる気のある若手医師に見えるので、好感が持てる。

徳重は後半存在感がぼやけるので、滝田がいなければ大分物足りなかったんじゃないかと思う。

病名を突き止めるサスペンス要素は興味深い

徳重が赴任早々、居酒屋の店主の治療にあたり、観察していた症状と問診で、心筋梗塞を見抜いてしまうのは格好良い。

このシーンが一番面白かったんじゃないかと思う。

見た目の症状と詳しい問診で、患者がケガしたその場にいるような想像力でプロファイリングしていく様は、まるですご腕刑事みたいだ。

店主は喫煙習慣を隠していて、飲酒と合わせて、左肩やのどの痛みは心臓から来る放散痛だと徳重は予想し、それが当たっていた。

徳重は、患者は嘘を付く、と言っていたが、それはアメリカドラマのDr.ハウスの口癖なので、作り手はインスピレーションを受けているんだろうと思う。

傲慢ではない、優しい日本版のDr.ハウスか?

これは医療ドラマだが、普通の医師では見落としてしまう様な病気を、独自のプロファイリングで毎回突き止めてしまう、という話であれば、十分にサスペンス的要素があり、悪くない。

徳重とおつぼね看護師の軽妙なやり取り

徳重とベテラン看護師の豊橋のコンビ感は悪くない。

豊橋はおつぼね的雰囲気で、徳重をちょっと馬鹿にしている感じもあり、少し抜けている感じのある徳重が、豊橋につつかれる感じが合っている。

徳重が、僕って人をイラッとさせるんですかね?と言うと、豊橋は、その笑顔の裏で何を考えているのか分からない、その得体のしれなさが、先生の評判を悪くしているんだと思いますよ、と言い、すみません、本当のことを、と嫌味に謝る感じがコミカルで良い。

滝田が、診察を見せて下さい、と言った時、徳重は、嫌です、と言い、それを見ていた豊橋が、ジョークを言ったんだと思います、分かりづらいですが、少しでも馴染むための努力、と補足する感じも良い。

滝田を交えてしゃべっている時も、徳重が、顔が良くない、と滝田に言った、という話になった時、納得しちゃダメです、と口を挟む感じもしかり。

他の医師全員に良く思われてなくても、豊橋だけは嫌味を言いながらも助けてくれそうな感じもあり、徳重とのチームとして、面白い関係性を築けていけるポテンシャルがある。

色恋沙汰も起きなさそうな年齢差と雰囲気なので、安心して見ていられる。

この関係性が今後どれだけ生かされていくのかは不明だが。

本当に辛そうな黒岩、くさい徳重

デザイナーの黒岩が入院し、検査を受けた後、黒岩が徳重の前で、いかに今まで自分が辛かったかを語った場面は、涙腺が刺激された。

自転車で転び、本当に痛いの、誰も信じてくれない、もうどうすれば、と泣きながら叫ぶように吐露するシーンは、ナチュラルで、本当に辛かったんだ、と思わす演技でとても良い。

作っているようには見えず、ちょっとヒステリックな感じもリアルな叫びに見えた。

しかし、そんな黒岩に徳重が手を差し伸べ、あなたの痛みは本物です、と言って手をつなぎ、大げさな感動的音楽が目一杯かかるのが冗長だった。

まだ解決していない、検査でも何も出なかったと言われ、病名も聞かされていないのに、まるで全て解決したかの様なシーンでムズムズした。

手をつなぐ瞬間に、あなたの痛みは本物です、病名は、と言って場面が変わり、線維筋痛症です、と徳重が病名を伝え、黒岩が泣き崩れる、くらいテンポよく出来ないものか?

感動的演出をしておいて、また場面は落ち着いた診療風景に戻り、検査では何も見つからなかったんですよね?、でも分かったこともあります、と普通のラリーをした後、徳重が病名を告げ、また黒岩が泣く、というのは、すごく冗長だ。

なぜ一気に畳み掛けて終わらせずに分散させたんだろう?

早く病名を言えば良いのに、無理矢理引き伸ばしているようにも感じた。

徳重が、黒岩の回想に入り込み、ゆっくりした口調で、あなたの話を聞かせて下さい、あなたの痛みは本物です、と黒岩に語りかけるのもすごく間延びしている。

その置きにいっているセリフ回しも相まって、話が先に進んでいないのに、徳重は良い人間ですよ、と大げさな音楽も合わせて見せようとしている感じが、なんかの宗教の様にも感じ、何とも臭かった。

これって、そもそも黒岩が入院する時にやっておくべきことだったんじゃないか?

どうせ何も変わらないんでしょ、と投げやりになり、入院を拒む黒岩に話をさせ、誰も信じてくれない、と泣きじゃくる黒岩に、僕は信じます、あなたの痛みは本物です、だからもう一度検査しましょう、と徳重が説得するならまだ分かる。

散々検査して、今さら仕事の話を黒岩にさせ、あなたの話を聞かせて下さい、と徳重に言わせるのはトンチンカンだ。

もう病名を告げる寸前だろう?

問診は、基本的に初めて会った時にじっくりするもんじゃないのか?

このドラマを放送しているテレビ局のニュースで、総合診療医を特集していたが、一人に2時間は問診する、と言っていた。

それなのに、なぜ徳重は診断寸前に黒岩の仕事での体の辛さを詳しく聞いたんだ

それは、総合診療医の振る舞いとしてリアルではない、と言える。

仮に、こういう時もありますよ、と実際の総合診療医が言おうが、それはイレギュラーな事例に違いなく、まず自己紹介である第一話で、そんな分かりづらいことをすべきでない。

そして、入院前にこの話を聞くシーンがあれば、全体として、見せ場のバランスは良かったと思う。

入院する時には大したやり取りもなく、逆に診断時に詰め込みすぎている。

転んで泣きじゃくる黒岩に手を差し伸べ入院させ、黒岩は嬉しくなって期待して結果を待つ。

滝田の寄り添いもあり、初めてゆっくり休めた。

しかし、検査では何も出ずガッカリするが、それでも、今まであなたが一番親身になってくれた、ありがとう、とスッキリしている黒岩に、あなたは線維筋痛症です、と言って、黒岩が静かに泣く、でいいじゃないか。

そっちの方が起伏のある裏切りになり、面白くないか?

しかし、きっと、黒岩が自転車で転び、徳重が手を差し伸べるこのシーンを、ラスト前に持ってきたかったんだろう。

その結果、いざ病名を発表するシーンもぼやけてしまった。

このシーンのあなたの話を聞かせて下さい、という徳重のセリフは、実際の会話ではなく、イメージだったんだろう。

でも、あなたの痛みは本物です、という言葉は実際に黒岩に投げかけていたし、リアルに話も聞いていたから、イメージと実際の会話がごちゃ混ぜになっているのかもしれない。

そうだとしたらダメな分かりづらさで、冗長にもなる。

全て実際に会話していることを、回想風にしているだけ、に統一した方が、まだわかりやすくて良い。

冒頭で上述した、心の声と実際の会話が区別がつかなくても面白いかも、と言ったのは、こういうことではない。

いずれにせよ、このシーンは、せっかく黒岩が良い演技をしているのに、感動させようという意図の演出が空回りしていて、萎えてしまった。

黒岩が病名を告げられ、喜ぶ辺りではもうすっかり冷めてしまった。

序盤から中盤までは、控えめで良いと思っていたBGMも、ギュッとボリュームを絞ってきた。

もっとさらっとで良いのに、感動させたい、という気持ちがあふれ出ている。

もう少し我慢出来ないか?

日本人は真面目だからか知らないが、見ている者を感動させたい気持ちは分かるが、諸刃の刃なので、足そうとするんじゃなく、もう少し引くことを覚えた方が良いんじゃないか?

もっとテンポ良く、さらっとしていても十分面白くなったはずなのに。

というか、水を差すくらいなら、さらっとしている方が上だ。

きっと自信がないからうわべの中身のない演出に走るんだろう。

徳重に対する良いイメージも、このシーンを見て壊れた。

毎回必ずこんな臭いシーンが一回は入ってくる、と思うと大分怖い。

もっと素直に見せれば良いのに、売れたい、話題になりたい、すごい作品だねと言われたい、賞を取りたい、とか、不純な欲が混じっている様にも見える。

それとも、ただどうすればいいか分からないだけか?

もしそう思われたい、名誉を手にしたいとしても、逆にもっと抑えた方が良い。

徳重は可愛いが、少し人工的

主人公の徳重は、医者なのに偉そうにせず、そのホンワカした雰囲気とちょっと抜けている感じも味があり、その存在感的には悪くはない。

徳重が赴任早々居酒屋の店主の病気を見抜いてしまい、それに気づけなかった滝田が謝るが、何も責めすらせず、むしろ優しく包みこむなど、良い人間だ、というのは伝わってくる。

上述した通り、豊橋にイジられる感じも可愛いらしくて良いし、その人間的な味が、作り物でない良さがある。
居酒屋の患者と病院の前で初めて会った時、この病院は止めたほうがいい、と言われ、あら、ととボケた返しも愛嬌がある。

整形外科の科長に、黒岩を入院させる必要があるのか?と詰められても、怒らずに、もう少し時間を下さい、と頭を下げられる度量もある。

しかし、その外見は作り物に見えるし、セリフの言い方も、優しくゆっくり言う時は置きにいっている感じもあるので、全体を通してリアルには感じなかった。

髪型は、最近はたまにこういう自然風なスタイルも見かけるが、自然を装った不自然さがあり、こう見えても毎回時間をかけて作っているんだろうな、とよぎってしまう。

もっとナチュラルに頭がボサッとしている感じを作れないものか?

いっそのこと髪を少し切ってでも、自然にして欲しい。

メガネも、いつもメガネをかけている人の馴染んだ感じもない。

丸身を帯びたフレームで、半分下が縁なしになっている感じとか、ちょっとおしゃれな感じも邪魔に感じる。

良い人のイメージを頑張って表現した人工的な結果に感じる。

医者が患者に対して優しい口調で言うのは分かるが、徳重は優しく言おう言おうとしている感じがあるので、ちょっとあざといし、何度も優しいことをこの口調で言うのは、リアルでないうっとうしさがある。

一息で言えるところを二息で言ったりしているので、間延びしてしまっている。

これが、もし渡部陽一であれば、もっと遅くても成立するくらいだが、徳重は渡部陽一でもない。

良いことをゆっくり言って、あなたを包みこんでますよ、感が少し過剰で不自然だ。

元々人間的に味があるんだから、もっと普通でサラッとしていて良い。

その方がリアルで、より味が出るはずなのに、もったいない。

むしろサラッと良いことを言うから心に響くのに、それを引き伸ばしても薄くなるだけだ。

もっと等身大で良いのに。

なので、徳重は味がある部分もあるのに、それがうまく生かされていない。

これは第一話だから、まだ探り探り演技していて、これから馴染んでいくのか?

第一話だからこそ、良い意味で作り込まれた人物描写を見たかったが、そうはなっていない。

今後どんどん自然になっていくことを期待したい。

おまけ:漫画が原作の実写に思うこと

このドラマは、格好良いタイトルや魚虎総合病院という変わった名前、徳重の誰かに寄せた感じの風貌など、だんだん漫画が原作っぽいなと思い始め、調べたら漫画だった。

道理で、徳重はその漫画の主人公っぽい風貌に寄せようとしたから、ちょっと違和感があるんだ、と思ってしまった。

違和感なく寄せれば良いだけの話だが、寄せようと言う意識がもう作為的なので、そんな意識は捨て、全くの別物で良かったと思うが。

しかし、漫画を実写化するようでは、もう制作陣は息詰まっているという気もする。

日本のドラマや映画で、漫画の実写化で成功した例などほぼ見たことがない。

それは興行収入や実際にヒットした、などという商業的成功を度外視で、面白いか面白くないかで考えた場合だ。

日本の漫画のクオリティと、実写のドラマのクオリティには、天と地ほどの差がある。

日本漫画のクオリティが高すぎるし、日本の実写は逆に低すぎる。

そもそもジャンルが別である、というだけでなく、人物描写やコマ割りの演出など、見せ方のクオリティ自体が比べ物にならない。

それを自覚せずに、実写でやろうと試みるのは、負け戦はなはだしいが、負けとも何とも思っていないんだろう。

漫画のクオリティを再現出来ない悔しさも申し訳なさも何もなく、むしろ別物だからこれでいいんだ、と対等の立場だと思っていそうだ。

もっと言えば、ドラマや映画を作るためのただの一つの材料として消費しているだけで、もっと上から見下ろしている可能性もある。

そうは思いたくないが、それにしては近年、あまりに漫画の劣化消費が多すぎる。

単純に、実写を作る側が実写の質を高く作れない、そしてその自覚もない、というだけの話かもしれないが。

このドラマがそうである、と言っている訳ではない。

このドラマの漫画の原作は全く読んでいない。

しかしきっと、自分が感じたような違和感はなかったはずだ、とは思う。

漫画を原作にすることにメリットももちろんあるはずだ。

話を考える必要がなく、セリフもおおむね決まっているので、いかにその場をリアルに見せるか、ということに集中出来る、とも言える。

しかし、漫画では面白かったシーンも、なぜか物足りない、むしろ漫画にはなかったシーンやセリフを付け加えた方がリアルになった、などという、原因不明の壁や揺らぎに多々直面することだろう。

基本的な話やセリフを考えなくて良い反面、漫画家の圧倒的な絵力によるキャラクターの演技や雰囲気のあるシーンを、実写でどう表現し、差を埋めていくのか、超えていくのか、というのは、それはそれで至難の業だ。

それなら、最初からオマージュしただけの全くの別物にした方が楽だが、それが面白くなる保証もない。

そんなイバラの道を自覚し、きつさも楽しめて、闘っているなら、それはきっと伝わってくるが、ほとんどの作る側は、そんな闘いはしていない印象だ。

漫画と実写は別物だからね、と言い訳して、漫画より質の低いモノを平気で量産している。

日本の漫画は世界で絶賛される反面、ドラマや映画はどうだ?悔しくないのか?と思う。

このドラマがそうだとは言っていない。

書き下ろしだろうが、小説や漫画が原作だろうが、昔のリメイクだろうが、面白ければそれでいい。

このドラマの原作漫画は読んでいないので、むしろ読んでいないから見れる、というのもある。

読んだ漫画がめちゃくちゃ面白かった時、その実写など見たいと思うはずがない。

「第2話-ヒーローも、怪獣も」を”観て損はない☆3″理由と考察、その感想

心臓病で亡くなった男の子の兄を治療する話

第二話では、長年退院していた心臓病の男の子が亡くなり、その子にいつも付き添っていた兄が倒れ、徳重が治療する話が描かれた。

1話よりも面白く、兄のたく君が本音を吐露するシーンではかなり涙腺が刺激され、まさか、結構泣いてしまった。

たく君の告白が唐突で、徳重の決めゼリフの不自然な挿入と感動的音楽が少し邪魔だったが、それでも、たく君の誰にも言えない気持ちをぶちまける演技自体は、その素朴な振る舞いも相まって大分良かった。

やりようによっては、もっと面白かったんじゃないかと思う。

弟の世話で苦しかった兄、包み込む徳重

亡くなったさく君の兄のたく君は、いつも弟に寄り添っていて、弟が亡くなった後も、父に心配をかけない様に気丈に振る舞っていた様だ。

一見誰から見てもしっかり者に見える兄が、実は誰にも言えない苦しみを抱えていて、その内容が結構ハードで、切実なものであったことは興味深い。

序盤でもたく君が言っていた、自分は悪い兄だ、というのが何を意味するのかよく分からなかったが、まさか、弟が亡くなってホッとしたことへの罪悪感だとは思わなかった。

たく君が自立した大人であればまだ良いが、徳重がちゃんと話を聞くまで年齢も不明で、まだ17歳であることが判明した。

離婚して母がいない弟の日常における事実上の保護者であり、弟の世話で勉強もろくにできず、遊びにも行けず、かといって弟は好きであり、父を心配させられないので、誰にも弱音を吐けない、というのは、まだ17歳の人間にとって地獄以外の何物でもないだろう。

こんなかわいい弟がいるのに地獄なんて言うのか?という自分を責める気持ちも出てきて、頭の中でそんなことを思うことすら許されない、まさにがんじがらめの状態だ。

未成年が背負うには重すぎるプレッシャーで、たく君の心は壊れ、体に異常をきたしてしまった。

そんな彼の微妙な違和感に徳重だけが気付き、助けることが出来た。

これは、何も彼の様にヤングケアラーと呼ばれる、若いうちから家族を介護する人達だけでなく、通常の両親の介護や子育てにも似たようなことが言えるんじゃないかと思う。

仮に確執などなく、むしろ好きな親だったとしても、24時間見守り、介護をする、ということは、親に対する気持ちとは別に、物理的に疲弊するものだろう。

普通親は我が子がかわいいものだが、赤ちゃんの世話はもちろん、もう少し大きくなってからの幼児の暴れっぷりも尋常じゃなく、その愚痴を言うことは世間的には子供がいる自慢と捉えられ、許されない。

新米の親や、子供がいない人に対して、子育ては大変だ、という偉そうな態度を伴ったマウントを取る連中もいるから、全員が追い詰められている訳ではない、とは思うが。

子供に関しては自分達であらかじめ考えて選択した結果が多いだろうが、たく君の場合は自ら選んだ訳でもないし、似たような境遇の人自体少なすぎて情報もなく、より追い詰められる環境にいたので、同じであるとも簡単には言えない。

それでも、自分以外の人間の世話に対して、自分が嫌な感情を持っていることを、肯定できずに苦しんでいる人達はたくさんいて、たく君の場合、それを悪い怪獣として捉え、自分を責めていた。

そんなたく君に対して、徳重は、怪獣もヒーローもたく君であり、ヒーローになる必要はなく、そのままで良いんだ、と、たく君の葛藤を包み込む様なことを言った。

要するに、弟の世話をすることの愚痴を言っても良い、それは弟を好きなこととは何も関係がなく、矛盾していない、ということだが、愚痴や不満などと言わずに、怪獣と表現しているのが素敵だ。

その言葉によって救われたたく君の元には、亡くなった弟が笑顔でたく君の前に現れ、たく君は駆け寄って行って弟を抱きしめた。

このシーンでは、弟の純粋でかわいい雰囲気も相まって、かなり涙腺を揺さぶられた。

この徳重の対応は、たく君のリアルな本音の吐露と合わせて、同じ様な辛さを抱えている人達に、辛いと思っても良いんだ、と思わす良いシーンになり得ていると思う。

たく君の絶妙な存在感と心の叫び

この話を通しての、たく君の存在感が悪くなかった。

坊主風で完全な坊主でもなく、ちょっとダサめの服装をしていて、そのしっかりしている振る舞いから大人に見えるが、言われれば老けた高校生にも見える、という絶妙な雰囲気を持っている。

大人の落ち着いた感じ寄りだが、そこまで成熟している感じもなく、かといって高校生のフレッシュさもない、どことなく気丈に振る舞っていて、虚ろ気な感じもある。

そんなたく君が、弟を置いて、あーっと叫びながら走り、何で逃げたんだ、俺に全部押し付けて、俺は、俺だって、と言って床に突っ伏し、徳重に促されて、ずっと苦しかった、逃げたかった、でも僕はさくが好きだった、それなのに、と吐露する一連の演技は、心の叫び感がありとても良い。

セリフになってなく、俺は、俺だって、とリアルな途切れ方をしているのも良い。

偉そうに言うわけでもなく、葛藤しながらも、絞り出しながら言っていく感じがリアルで、涙腺を刺激される。

むしろ、前半部で静かだった分、それが爆発した感じがうまく跳ね上がっていて、人格が変わっている感じもなく、自然で良い。

この妄想の様な、心の中を表現したような架空の空間で、心の叫びを言う、という感じも、不自然さをなくしている良い要素になっている、と思う。

現実で、あーといきなり叫ぶのは、流れ的にも時系列的にもおかしいし、架空の空間だから、ここまでさらけ出す、という感じがより自然に見える。

徳重に諭され、迎えに来たさく君と抱き合うシーンの後、下を向いてたく君が泣いている感じも、リアルに見えて涙腺を刺激された。

それを見守っている滝田の顔は、泣いてしまってはいたが、泣こうとしている顔でなく、真剣に見守っている顔なので良い。

1話の黒岩も良かったが、このたく君も良く、2人とも泣いてはいるが、ただ何もなく泣こうとしている冷める感じではなく、怒りを伴った感情の乗った叫びに、涙が乗っかっている感じなので、とても良い。

叫び泣きとでも言うような、言いたいことが具体的にある上で、ちゃんと感情がある泣きになっていて良い。
泣きが見たい訳ではなく、魂の叫びが見れればそれで良い。

感情さえあれば、涙なんて後からCGで足してやれば良いだけなので、実際に涙が出る出ないはどうでも良く、嘘でない感情があることが重要だろう。

2人とも感情があるので良い。

たく君に、ずっと苦しかった、などと言わせる感じが、身近なタブーに切り込んでいる感じでとても良い。

誰かの世話をニコニコしながらしている人も、実はこんなに辛かったのか?と思うと泣けてくる。

きっとそれはケースバイケースで、状況やその人の人格などにもよるんだろうが、少なからずたく君のケースにおいてはそれがうまく表現出来ている

なんかよくわからなかったたく君という人間が、このシーンを通してよく分かった、という、人物描写的には良い流れだったと思う。

いらない決めゼリフ、先走る音楽、締まりのない告白シーン

たく君の告白の演技は大分良かったが、途中で徳重が、聞かせて下さい、あなたの話を、聞かせて下さい、と言ったセリフが置きにいっていて邪魔だった。

黒岩の時もそうだったが、決めゼリフとして絶対言わなければいけないのか?

なんか不自然に少しゆっくり言っているし、もうすでにたく君は話し始めているのに、改めてフルで言う感じが、リアルな会話になっていない。

徳重が、聞かせて下さい、と言うまでは、今まではたく君の心の声で、徳重に聞こえていなかった、というわけでもない。

君の本音を聞けて僕は安心した、と徳重は言っているので、今までのたく君の話を聞いていた、ということだろう。

じゃあ、僕は安心した、の後に、でも全部言っていいんだよ、僕はそのためにいるんだから、と笑いかける、とかでいいじゃないか。

なぜ、かしこまった言い方で改めて言い直す必要がある?

たく君を諭すシーンで、あなたは、岡崎拓だ、という言い方は置きにいっている。

だ、が不自然なら、その後に言っていたように、なんだ、にすれば良かったのに。

その後の、それでいいんだよ、という言い方は優しさがにじんでいて良かった。

ちなみに、たく君がお兄ちゃんは頑張らなくちゃダメなのに、と言った後、徳重が、お兄ちゃんじゃないよ、と言った時に、BGMにハーという男性の声が混じり、感動を盛り立ててきたのが邪魔だった。

まだ徳重は結論を言ってないのに、ちょっと早いぞ、と思った。

前回もかかっていたが、このハーという男性の声が入った部分の音は、まるで全てが解決して、何も思い残すことがなく、天国に召される時の様な雰囲気の音楽なので、早めにかかってくると違和感がある。

徳重に諭され、たく君が心の荷を下ろし、さく君と再会して抱き合った時なら、違和感はないのに。

徳重が何かを言い始め、たく君がどんな反応をするかも分からないのに流すのは、どうせ良い方向に行くんだから、という予言でもあり、気持ちが悪い。

細かいが、こういう雑さが臭さを形成している一つの要素になり得るので、極力排除して欲しい所ではある。

そして、たく君が思っていたことを全部語り、徳重がたく君に助言し、診察室の風景に戻った時に、この一連のシーンを締めるセリフが欲しい。

1話の黒岩のシーンの時もそうだったが、話を聞いただけでまだ解決していないので、病気は?となる。

直接病気と関係ある告白だったのか、関係ないけど、精神も治療したのか、それとも両方か、明確でないまま終わっている。

精神を治療した、徳重が医者としても人としてもたく君と向き合った、ということはもちろん分かるが、病気とのつながりは、この時点ではまだ分からない。

何となくつながってるんだろうな、とは思うが。

この患者の告白を、音楽も含めた演出的にマックスに持ってきてしまっているので、毎回すかされる間ができる。

毎回と言ってもまだ2回だけだが。

これが、何か事件を起こした犯人が、その動機を赤裸々に語ったならまだ分かるが、そうではない。

たく君の治療のためには、たく君が自分の本音をさらけ出すことが必要だ、という前フリがあった訳でもない。

あわよくばこれで終わろうとしている雰囲気もあるので、変な感じが残る。

そういう違和感を感じさせないほど、たく君の告白は良かったが、それでも、病気はどうなった?というのは残ってしまう。

次のシーンで、リハビリ室で病名が告げられるが、遅い。

診察室の風景に戻ったら、徳重が、話してくれたおかげで診断と治療のめどがたちました、とか、すぐにつなげる方向に会話して欲しかった。

有松がたく君を抱きしめ、場面が変わってしまったが、その前に病気に関して言及すべきだった。

1話の時よりも違和感は少なかったが、病気は置かれたままなので、ピシッとした締まりがなく、もったいない。

自分からしゃべり過ぎなたく君

たく君の告白自体はとても良かったが、たく君が、僕は悪いお兄ちゃんだから、と言うまでは良いが、聞いてもないのに、弟が死んで心の底からホッとした、と言いだしたり、徳重に促されて、素直に自分の本音をとつとつと言い始めるのは、不自然に感じた。

たく君は、さく君が亡くなってからも気丈に振る舞い、自分が倒れた後も、父には言わないで欲しい、と言っていた。

父を心配させまいと機転が利くそんなたく君が、弟が死んで心の底からホッとした、今まで辛かった、と自分からスッと語り始める訳がない、と思う。

14年間も良いお兄ちゃんとして振る舞い、有松に心の内を気付かせなかったのに。

なので、悪いお兄ちゃんだからと言ったことを、どういう意味なの?と聞いても口ごもるたく君を、徳重が何とか解きほぐして話をさせる、などという描写が抜けている。

さく君を長年見てきた担当医の有松も目の前にいるし、徳重が優しいのは感じるだろうが、そこまでの打ち解けた関係性でもなく、さく君の世話に関するマイナスの感情は、普通隠そうとするんじゃないのか?

ポロッと言ってしまった、言いたかったことがあったのは別にしても。

それこそ、父の耳に入り、余計に心配させてしまう、と思うはずだから、なおのこと言わない方が自然だと思う。

徳重に、話して良いんだよ、と言われても、それ僕の治療と関係あります?などと拒み、これが治療なんだ、心と体はつながってるから、君が本当に思っていることを聞く必要があるんだ、などと、何とか言わせる方向に持っていく会話が見たかった。

3人の医師が目の前にいて自分を見つめ、治療と関係あるかどうかも分からない自分の話を真剣に聞いている、という状況は明らかに普通じゃない。

その状況で、17歳の子が、大人3人を前にして、心の闇をスラスラ言うとは思えない。

それが出来る子は、ここまで追い詰められない。

有松に謝られ、それに対する返しを挨拶代わりにするの分かるが、それ以上のことは、これなんですか?関係ない話しなら、とかもっと挟んで欲しかった。

たく君は、誰かに聞いて欲しかった、という気持ちが強かったのかもしれないが、この状況に対する警戒感や、言ってはいけない、という葛藤が足りず、徳重もそこを壊して言わせた訳でもない。

滝田や有松を外させて本音を引き出した訳でもない。

徳重に、聞かせて、と言われたら、催眠術にかかったかの様にしゃべり始めてしまった。

むしろここが総合診療医としての腕の見せ所のはずで、優しい表情と言い方でたく君を包み込むのは良いとしても、徳重はほとんど何もしていない。

誰もが気付かなかったたく君の異変を察知し、治療に持ち込んだのは偉いが。

何も言おうとしないたく君に、たく君は偉いよね、文句も言わずに、僕は父の介護が嫌で嫌でしょうがなかった、などと、まず自分が欠点をさらけ出して言わせる、なども特にしていない。

それを聞いた有松が怒り、たく君はそんなことないです、と言ったのを、たく君が、いや、僕もそうでした、とさえぎり、語り始めても悪くない。

なので、徳重が言わせた感はなく、誰かに話を聞いて欲しかったたく君の話を聞いただけ、とも言えるので物足りない。

整形外科の科長の様に話すら聞かない医者もいるから、話を聞くのは重要だし、聞いた後のたく君へのアドバイスは良いが。

たく君がほとんど自分から語り始めたのにも関わらず、途中で、あなたの話を聞かせて下さい、と挟み、最終的に徳重がたく君に話をさせた様な終わり方にも見えるので、少しモヤモヤが残る。

やはり、徳重のあのセリフはいらなかった。

もし、さらに話しを促すつもりで言っているなら、たく君の背中をさすりながら、いいよ、でももっともっと、全部吐いちゃっていいよ、などと言う方がよほど自然で良い。

有松はたく君のことをなぜほとんど知らないのか?

小児科医の有松は、14年間もさく君を診察してきて、いつも付き添いで来る兄の年齢すら知らない、というのはあり得るのか?と思ってしまった。

2年前に親が離婚してからは頻繁にたく君が弟を連れてきているはずで、話す機会も増えたはずだろう。

年齢は絶対にどこかのタイミングで聞いているはずで、3つ上だ、と聞いたら基本的には忘れないと思う。

さく君だけでなく、小中高と成長するたく君を見てきた訳だろう?

自分の子供の様な感覚もあるなら、覚えてなくても、今いくつになった?とかたまに聞いたりしないのか?

たく君は少し影があるけど、俺に触れるな、という変なオーラが出ていて、特に話しかけづらい人でもない。

さく君とお兄ちゃんについての話になることもあるだろう。

同じ様な、兄弟姉妹に付き添われて10年以上通っている患者が、小児科に10組位いるなら、ごちゃごちゃになってしまうのは分かるが。

カルテにすら書いてなかったんだろう?

病院ってそんなもんか?

1年とかならまだ分からなくもないがが、14年という長い年月が、有松の情報不足とつながらず、有松はザルなのかと思ってしまう。

なので、そこをもうちょっと、なぜ有松はたく君について何も知らなかったのか、教えて欲しかった。

いつからか、他の家族と混同し、もう高校を卒業したと勘違いしていたとか、膨大な似た患者がいた、とか。

兄弟姉妹って基本的に2〜3歳差が多く、それより離れていたら珍しいから印象に残るし、たく君兄弟も典型的な普通のパターンだ。

小学生の頃から、稀に見る年齢不詳のおじさん小学生だったのか?

それならそこも見せて欲しかった。

さく君の年齢はさすがに14歳である、とはっきり分かっているはずなので、なぜたく君はもう働いている年齢、最低でもさく君の4つ上だと思い込んだんだろう?

さく君が16歳なら、兄は働いているかも、と思うのは分からなくもないが。

さく君の容態が急変して運び込まれたなら、その時に、たく君今日学校はどうしたの?などと聞く余裕も必要もないが、そうでない平常の診察時には1回も聞いたことないのか?

いつも平日の昼間に弟を連れてきてたのに、不思議に思わないのか?

学校が配慮してくれてる、と思っていたのか?

というか、そもそも有松はたく君が高校生とも思っておらず、たく君は高校を卒業したんだ、といつから思ってたんだ?

小さい頃から二人を見てきたのに?

よく分からない。

別に患者の家族に一切興味がなくても、これだけ長い間接してたら嫌でも、お兄ちゃんの情報は耳に入ってこないか?

もしかしたら、そういうこともあるかもしれない。

でもほぼないと思う。

なので、有松がたく君の年齢すら知らない、となった時、もっと落ち込まなければいけない。

え?私何で何も知らないんだろう?と理由を探し、何でもいいけど、その理由を提示して欲しかった。

それもなく、たく君に、たく君をちゃんと見れなかった、ごめんね、と謝っても、なんか誤魔化されたようで腑に落ちない。

患者の家族のことも詳細に知っておくべきと言っているわけではなく、単純に腑に落ちない。

有松は、たく君の診察の時に、徳重の横で、最初から泣かんばかりにたく君を見つめる感じがちょっと邪魔に感じた。

それは、たく君のことを全く気にかけなかったことの申し訳なさ、悔しさがあるからか?

たく君の保護者ではないけど、たく君の心をほぐすために連れ添ったなら、たく君の真横に座るべきだ。

3人横並びでプレッシャーを与えてどうするんだ?

ちなみに、病院に行った時のあるあるで、医者の後ろに看護師が何もせず立ってこっちを見ている、という光景は実際にあるが、何も考えてないんだろうな、と思う。

滝田は医者だが、滝田も棒立ちでたく君を見ていた。

人と話すということが、いかに簡単なことでないか、見られている意識が入ると、言いたいことすら言えずに、意見が変わってしまう、という人の気持ちなど、分からないんだろう。

プレッシャーを与えないように、横向きになって何かを書いているとか、作業をしている感じを出せないのか?

というか、そもそも席を外しても良い。

全くの密室だと逆に怖いから、ドアを開けたまま、隣の部屋のドア付近に、姿が見えないように立ってる、作業をしてる、とか出来ないのか?

徳重もそれに気付かず、何もしてないのは配慮不足だし、そんな状況でもたく君がしゃべる始めたので、成立した風になってしまっているが。

深い人物設定が含まれている

今回の話は、たく君の告白シーンの演技がとても良く、上述した通り気になる部分はあっても、全体として徳重の存在感も悪くなく、滝田も良かった。

徳重は、見慣れたせいもあるのか、外見も含め、1話よりも自然に感じた。

もっともっと自然で、決めゼリフもいらない。

その良い人柄がにじんでいたり、良いセリフの言い方もあるので、ちょっとかたい部分がもったいない。

滝田は、スポーティな服に着替え、ヘルメットを着けてロードバイクで自転車通勤している感じがよく似合う。

柔道をやっていて、手には白いデジタルの時計をつけていて、さわやかな体育会系な感じが、その振る舞いも合わせて、リアルに表現出来ている、と思う。

だから、オッス的な、侍みたいなお辞儀をするのか。

これが漫画が原作である、と聞いたら、確かに滝田は漫画のキャラっぽいが、違和感はなく、個性的で濃くて良い。

魚虎総合病院がある場所は海が近く、丘からの見晴らしが良く、とても気持ちの良い場所で、徳重と滝田が2人でクレープを食べているシーンは、絵になっていて良い。

この気持ちの良いロケーションが、徳重の優しい存在感と合わせて、良い物語を展開させそうなポジティブさを醸していて、悪くない。

まだ2話見ただけだが、2話とも良い演技が含まれていて、ここ最近見た日曜劇場では一番面白い。

最近の日曜劇場がひどかった、というのもあるが。

もしかして、この漫画の原作はめちゃくちゃ面白いんじゃないか、と思い始めた。

上述した通り、もっと面白くなったのに、という部分はちょこちょこあっても、1話の黒岩や、2話のたく君の人物設定に深みがある。

このドラマが今後どうなっていくのかは分からないが、ドラマを全部見終わったら、原作の漫画を見てみたい、と思った。

「第3話-どの道を選んでも」が”つまらない☆1″理由と考察、その感想

喉のガン手術をしたくないアナウンサーを徳重が説得する話

今回は、喉にガンが出来たが、手術したくない有名アナウンサーのセカンドオピニオン、診察を徳重が請け負い、外科と総合診療科の対立が描かれ、徳重の師匠の赤池も病院に現れた。

徳重が、外科部長からわざと怒らせるような事を言われたのに、怒らずにスッといなしたのは格好良かったし、声優が喉の手術をすることをテレビで告白するシーンは涙腺を刺激された。

しかし、手術しないと命が危ないが、手術で声が出なくなったら困る、という患者を徳重がどう扱うのか、期待していたが、中身の無い対応で期待外れだった。

1話では他の医師が見抜けなかった病気を見抜き、2話では肉体だけでなく精神も同時に治療する、というプロ感があったが、3話の徳重には何もなかった。

肝心の徳重の患者対応が薄いのに、外科医と徳重、赤池と滝田の対話や、声優の娘との思い出シーンなどがいい話として演出されていて、全体的にくさくてつまらなかった。

なぜなのか考えていきたい。

外科部長の口撃が効かない徳重

徳重は、喉のガンの手術を宣告された患者の要望で、総合診療医としてセカンドオピニオンをすることになり、早く手術をしたい外科部長から嫌味を言われたが、怒る滝田を制止し、サラッといなす感じが格好良かった。
自分だったら絶対に怒ってしまう。

徳重も怒ってはいるんだろうが、何か考えがある様にも見え、深みを感じた。

その後、滝田に、言い返して欲しかったです、と言われて、ニヤニヤしている感じも面白い。

その後の外科部長がしゃべっている描写で、徳重がもし感情的になったら、あの医者はダメだ、という方向に持っていけたのに、などということを言っていたから、怒らなくて良かったし、徳重の方が一枚上手で、外科部長のこの発言も含めて、面白いやり取りだと思う。

半沢直樹の様に、何でもかんでも強く言葉で詰めなくても、こういう闘い方もあるんだ、と思える、深いやり取りの様に見えた。

なので、一体どんな手があるのか、と期待していたが、何もなく、ただいなしただけだった様だ。

後に、外科部長や息子の外科医にぎゃふんと言わせた訳でもなく、さすがだと思わせた訳でもない、何もしなかった。

これという対抗策もないのに、なぜここまで自信があったのかよく分からない。

結局最終的に外科部長の言う通り、患者を説得しただけだった。

それが何となく分かっていたから、犬みたいな姿勢を見せたのか?

そうだとしたら保身を考えていてダサい。

徳重が、対立した外科医の東郷と屋上でもしゃべり、患者を納得させないで、一方的に病巣を切り取っても本当の治療とは言えない、それは悔しくないか?などと結構なことをサラッと言っているのは良かった。

要するに、患者の意見を無視して勝手に手術するのはダメだ、ということだが、徳重のこの言い方だと、実に優しく聞こえて角が立たない。

それに対して、ほとんど怒りすら見せない東郷は不気味だ。

せめて、悔しくはないです、患者にはいつも最善の道を提示してるので、くらい反論して欲しかった。

なぜそれじゃあダメか、徳重もさらに反論する必要があるが。

そして、徳重はこのシーンで、患者と専門医をつなぎ、向いている方向が重なるよう共に歩む、それが総合診療医の仕事だ、と東郷に言ったくせに、どっちもやらなかった。

格好良い、もっともなことを言ったが、患者を納得させるための行動は何もしなかったし、東郷には哲学を投げかけただけで、実際には手術を待たせただけだった。

このシーンは、じゃあ徳重はどう両者を納得させるのか、という良い振りになっていたのに。

徳重の患者に対する実際の診療が秀逸なら、このシーンもその布石としてまだ許せたが、診療が薄かったので、この徳重の言葉は何だったのか?となってしまった。

徳重自身も言っていた通り、本当に綺麗事になってしまっている。

心を開かない東郷に平気で話しかけに行くのも徳重らしいし、最後にハハッとわざとらしくおどける感じは、味があって良かったが。

何も提示せず、人柄で押し切った徳重の診察

徳重は、外科手術を受けたくない喉のガンの患者に対して、ただ術後の経過を告げ、話を聞き、どんな道に進むことになっても寄り添います、と言っただけなので、大分物足りなかった。

徳重でなくても出来る対応だし、セカンドオピニオンにも何もなっていない。

ずっと手術を拒んできたのに、この対応で納得する患者もリアルじゃない。

なぜ患者が納得したのか、それは徳重が話を聞き、思いを吐露させたことで気持ちが楽になったから、徳重の人柄が良かったから、だとしたら、中身がなさすぎる。

というか、納得とかではなく、人柄で押し切った様に見える。

手術が怖いです、とボロボロ泣く患者に、大丈夫ですよーと優しく言っただけ、というか。

徳重の人柄が良いのは伝わっただろうが、2話でたく君に、怪獣もヒーローもたく君だ、それでいいんだよ、と言った様に、患者の固定観念を破壊する様な強いことも言っていないし、そもそも、徳重が優しいから手術を受ける、という問題ではない。

手術で声が出るのか出ないのか、出たとしてもどの程度の影響があるのか、それらの確率や、放射線治療をした場合は仮に声に何も影響がなかったとしても、手術に比べて寿命は何年縮まるのか、などという考えの選択肢を具体的に提示して欲しい訳だろう?

さらに、その上で、声が出ない可能性もある、などというどっちつかずのことではなく、その医者が本当に思っていることも知りたいはずだ。

徳重は、滝田に、麻痺が出た場合は手術が必要になる場合がある、などと言わせただけで、ほぼ何も提示しなかった。

それで、寄り添います、と言われただけで、患者が知り得た最初の情報からはほぼ何も進展していない。

外科医の東郷に、声が出ない可能性も捨てきれない、と言われ、徳重も同じことを言っていた。

患者が知りたいこと、外科では提供出来ない安心材料を徳重が徹底的に調べ上げて提示すべきだったんじゃないのか?

例えば、下咽頭がんの患者100人のその後の調査結果で、声が出なかった人は何%、でもその中に、あなたと全く同じ部位に腫瘍があった人はゼロです、とか。

声を職業にしている人で、下咽頭がんになった有名な人は、公表してない人も含めて〜人見つかりましたが、1人は声が出なくて引退、でもあなたよりステージが進んでいた、他は全員復帰しています、例えば、〜さんがそうです、とか。

今日はその人にお願いして来てもらいました、という展開でも面白い。

あなたの腫瘍の大きさは〜センチで、〜センチ以上になったケースでは声帯に影響が出て、高い声が出にくくなった、でも、あなたの腫瘍はそれよりも〜センチ小さいから、医者がミスしなければ影響はない、とか。

この外科医の東郷医師は今まで15人の喉を手術してきて、後遺症が出た人は2人いるが、声とは関係なかった、総手術数は523件で、成功率は99%です、とか。

後ろにいる東郷が、無礼だ、と怒ろうが、そのくらいの客観情報を知りたいわけだろう?

だから、今回の手術で声が出ない確率はほぼゼロ%だが、私達医者でも解明できていない体の不具合が起こる可能性は、統計的に0.0〜%ほどある、そういう意味で声が出ない可能性もある、と言っているだけです、などと言って欲しかった。

そして、僕自身この症例と検査結果、この医師の腕と合わせて考えた時に、手術で声には影響ありません、とはっきり言ったら格好良かった。

その上で、それでも万が一声が出なくなったら、追加の手術方法が〜種類あり、リハビリの方法がこれだけあります、それでも声が出なかったら、まだうちで取り入れてない、こういう理学療法のやり方があり、僕が勉強してあなたに行います、それでも出なかったら、僕が新しい治療法を見つけます、くらい言って欲しかった。

それで、何があっても寄り添います、ならまだ腑に落ちるし、患者も、もう十分です、となるだろう。

本当は、失敗する可能性は低いと思っているくせに、失敗する可能性もあります、と、五分五分の感じで言う、医者の物言いはいつもダサい。

五分五分の訳がなく、ほとんどのケースがどっちかに偏っているに決まっている。

そのプロがどう思っているのか、という本当の気持ちを知りたいのに、自分の保身を考えての言葉など信用出来ない。

詳細に本当の気持ち、自分の中の客観性で真剣にしゃべっているのに、万が一失敗し、成功すると言っていたじゃないか、と訴えてくる患者がいたら、それは人として大事な物を失っている人なので、そういう人に照準を合わせた、守りの会話をすべきではない。

そこは、成功します、と良いことを言っていても、この医者が信用出来るかどうか、見極める力が患者にもないといけないが。

それでも、まるで政治家みたいに、どっちつかずのことを言えば安牌だろう、というのは、患者からしたら信用出来ない。

ましてや東郷のように、無感情で、声が出ない可能性もあります、などと五分五分の感じで言われたら、そりゃ、セカンドオピニオンを、となるだろう。

しかし、徳重の様に優しい言い方をする人であっても、安心材料がもらえなければ、なんか信用出来ないな、と思うはずなので、人柄だけでも足りない。

その人柄に裏打ちされた、プロの分析力、情報量、本音満載のしゃべりがなければいけない。

残念ながら、今回の徳重は、そんな医師にはほど遠い。

優しい版の東郷なだけで、外科部長の言うように、ただ説得の応援として役立っただけだ。

そこに、あえてそうした、という深いメッセージ性もない。

手術までの間に、患者を納得させられる決定的な要素を模索していた訳でもなく、ただ腫瘍の状態を悪化させただけだ。

何も掘り下げなかった徳重の問診

そもそも、この患者は、声にどんな影響があることを懸念しているのか、ということを徳重は全く聞かなかったので、問診でも何でもないと思う。

声と命どっちを取るんだ、という単純な話ではないはずだ。

声が全く出なくなるのはもちろん避けたいだろうが、高い声は最悪出なくても良い、とか、高い声もどの程度の高い声はなくてもいいけど、この音域の高い声だけは維持したいとか、そもそも今と少しも変えたくないとか、今の声の90%までなら最悪許せるとか、その度合いによって、安心のさせ方も変わってくるんじゃないのか?

そういうことは一切聞かず、いかにこの声が大事か、という、声によって築いた家族との思い出をしゃべらせて、一体何の意味がある?

声の職業の人で、冒頭で声は命だ、と言ってるんだから、いかに大事かなんて分かりきっているにも程があるだろう。

その大事に扱っていることを、東郷に邪険にされ怒り、命の方が大事だ、いや声が命だ、というやり取りなど、普通すぎてドラマとしてメインを占めさせるほどのテーマじゃない

野球選手が腕の手術を、ピアニストが指の手術をすることになり、仕事が出来なくなるのと同じで、あるあるど真ん中だ。

ど真ん中でも、見せ方が秀逸で、独特な切り口があればそれは面白くなるだろうが、徳重の対応の薄さもあり、そうはなっていない。

もし、声を使った職業がほとんど知られておらず、まともな仕事として認知されていないなら、そんな仕事があるんだ、という新鮮さも伴って興味深いだろうが、今も昔も声の職業は、報道やエンターテイメントでも欠かせない、声優に関しては世界に誇る日本の職業だろう。

もっと特殊で知られていない職業のプロや、はたから見たら体のその機能がなくなっても何も問題がなさそうに見えるが、強いこだわりを持っているような人から、なぜ手術をしたくないのか、徳重が引き出したなら分かるが、そうではない。

患者がなぜ手術を受けたくないのかは冒頭から明確なのに、そこを引き伸ばしただけに見える。

患者が手術を受け入れ、テレビ番組で公表するシーンは、その覚悟感が感じられ、涙腺を刺激されたが、良かったのはそこだけだ。

なぜ手術を受け入れたかもよく分からないので、全体を通して、面白いとは感じなかった。

いつもの日曜劇場だった

今回の話では、徳重の師匠の赤池が登場し、徳重と似たような行動をして滝田に呆れられたり、滝田がアドバイスをもらったりと、悪くない要素もあったが、全体では今ひとつだった。

1話より2話、と面白さが上がったので、少し期待してしまった分、ストンと落ちた感じだ。

医師が監修しているらしいが、この程度なのか、と思う。

医学用語とか、使う物がおかしくないか、とかチェックする程度で、ストーリーを作っている訳ではなく、まあこんなもんなんだろう。

なんかいつもの日曜劇場に戻ってしまった感じだ。

せめて、2話くらいのストーリーや演技を観たいが、もう観られないのか?

何話完結か知らないが、後7〜8話はあるはずなので、せめてあと数話くらいは、ガツンと来るシーンを見せて欲しい。

「第4話-誰かと生きるということ」が”つまらない☆1″理由と考察、その感想

生活習慣病を治療する話、サポートに回る徳重

4話では内科で生活習慣病の改善に取り組むが、中々うまくいかない夫婦を総合診療科が引き継ぐことになり、徳重は滝田と鹿山に主に診察させ、二人をサポートする回だった。

滝田と鹿山のぶつかりも弱く、夫婦に深い背景が隠されていた訳でもなく、徳重の振る舞いも普通で、見どころは特になかった。

なぜなのか考えていきたい。

隠れて食べているというあるある、努力しない夫

今回の患者は中年手前の夫婦で、夫の体の数値が下がらず、食事管理をして協力している妻からも問診をし、なぜ夫は痩せないのか探っていったが、そこに深いドラマはなかった。

実は隠れて食べているから、というのはあるある中のあるあるで、序盤で夫が断れなくて昼食を取引先の人と食べている描写があり、痩せない原因はもう前半で明かされていた。

じゃあなぜそれを言えないのか、という理由が、父が糖尿病で奥さんにも苦労させたくない、好きな人を怒らせたくなかった、というのがよく分からない。

幸せにするって言ったのに、糖尿病の家系であり、自分も今まさにそうなろうとしていることからの後ろめたさから、リビングで寝落ちしてしまうほど奥さんを生活習慣病について調べさせてしまっていることへの申し訳なさから?

せっかく作ってくれている弁当をいらないとは言えない、というのは分かるが、じゃあその分運動すればいい。

歩いてはいるようだが、それ以上は、連日忙し過ぎて疲れて限界なのか?

筋トレもして、自転車通勤を取り入れたって良い。

夜は奥さんが作ってくれていて、いくらでも減らせるんだから、全部平らげなくても、少しだけにすれば良い。

ダイエットしてるんだから、さすがに全部食え、とは言われないだろう。

それらも全部やった上でも数値が改善せず、どうしていいか分からず、パニック状態ということか?

絶対そこまでやってないし、そこまでやったら痩せない訳がない。

奥さんを、糖尿病の父を介護する母の様にさせたくないなら、なおのことがむしゃらに頑張るんじゃないのか?

それは、昼食を弁当プラスアルファで食べていることを隠していても、出来ないことはない。

夫が、妻にも会社関係者にも良い顔をしながら、痩せるためにも全力で頑張っている、なら格好良かったが、そんな描写は特にないので、何ともゆるい。

歩数計を見てちょっと歩くくらいだろう?

奥さんは本をいっぱい買ってきて勉強してるんだから、自分だってトレーニングを調べまくり、ジムに入会して筋トレを頑張るくらいしないのか?

YouTubeを見て家で寝る前にやったって良い。

それらもせず、ごめんね、とだけ言われても、不誠実極まりない。

ジムに入会しても、運動した後に毎回ジム仲間に飲みに連れてかれ、そこでも断れずに大量に飲み食いしている、とかだったら面白いけど。

子供のこと、老後のことも考えると怖くて、と言っていたが、この病気に対する姿勢も含めて、リア充のゆるい悩みにしか見えない。

そもそもこの夫婦は裕福なんだろう?

結婚式の裏側の感じ、住んでる家、服装を見ても、夫がとにかく営業で新規顧客を獲得しなければ、やっていけないほど困窮している訳でもなさそうな、普通のリア充夫婦だ。

奥さんは夫の転勤についてきて、働いていなかった、ということはそこそこ収入もあり、妻は最近在宅の仕事も始めたし、赤ちゃんがいたり、病気で働けない訳でもない。

妻は働くのが嫌いで浪費癖がひどく、夫が馬車馬の様に働かされてもいる訳でもない。

夫は、1日中営業でしゃべりっぱなしで疲れる、みたいなことを言っていたが、だから運動する時間がない、と言われても、なんじゃそりゃ、となる。

そもそも十分幸せで、夫は限界まで自分を追い詰めている感もなく、応援したくなる要素はほぼ皆無だ。

追い詰められている、それ相応の理由は何もない。

妻に、弁当以外の昼食も食べていることを言えないのは、好きな人を怒らせたくなかったから、とか、最後に泣きながら、一緒にいたい、と言っていたのも含め、長い痴話喧嘩を見せられただけ、という感じだ。

一見幸せそうに見える夫婦も、実は大変なんだなぁ、なんて思えない。

足りない夫婦の関係性

百歩譲って、お金に困ってる訳でも、奥さんが働けない訳でもない、としても、夫婦の関係性は普通で物足りない。

奥さんがとんでもなく嫌な人で、夫は人前でけなされてばかりで、夫婦として破綻してる様に見えるが、実はお互いがお互いを気づかっていた、という粋な関係性でもない。

奥さんが医者の前で悪態をつく感じは、本当にそういう人に見えて悪くないが、特におかしい人ではない。

滝田に悪態をつきながら、たまに顔をかきながらしゃべる感じなどリアルで良いが、まだ弱い。

外見もスレンダーでルックスの良さも邪魔で、大げさに言えば、マツコ・デラックスくらい迫力があっても良い。

マツコ・デラックスと矢部太郎くらいのギャップがあっても面白い。

奥さんは、生活習慣病について日々勉強し、弁当も毎日作ってくれて、在宅でも働きだした、という、まともで普通の奥さんなので、何も後の跳ね上がりにつながらない。

ちょっとクレーマー体質なだけで、鹿山の態度も実際に冷たいので、あれでクレームをいれたのは大したことじゃない。

鹿山なりに頑張って必死に向き合おうとしてるのに、一方的にヒートアップしていった、というおかしい人にした方が、まだ面白かった。

これが漫画でも同じ話があるのか知らないが、もしあるなら、もっとおかしい人として描かれていたんじゃないのか?

口は悪いけど、夫のためにやっている感が出てしまっているし、暴れっぷりも足りない。

ダメな夫ですいません、こいつバカなんで、とか普通に医者に言ったり、家に帰ってきてから、私に恥かかせたいの?いいから痩せろよ、なんか食ってんだろ、とか、普段からツンツンして、ひたすら夫は謝るだけ、みたいな関係性でもない。

それが実は嫌いでやっていた訳じゃない、夫もそれを知っていて気を使っていた、と問診で判明して、お互い本音を言い合って分かりあった、とかなら起伏があって良かったのに。

例えば、奥さんは子供が出来ない体質で、その自分と結婚してくれた、だから体はより大事にして欲しいと思っていた、その裏返しできつく当たっていた、とかでも涙腺は刺激されただろう。

しかしそうでもなく、普通の幸せな夫婦の、深刻でない生活習慣病治療の話なので、なんだかなあ、という感じだ。

1話の黒岩や、2話のたく君の様に、率先して救わなければいけない様な状況の人種では全くない。

糖尿病は舐めてはいけない病気だが、まだ初期で深刻ではなく、暴飲暴食するワガママな夫でもなく真面目で、食事と運動で何とかなりそうな程度なので、大分ゆるい。

嫌な鹿山へのぶつかりが足りない滝田

夫婦の診察を一緒にすることになった滝田と鹿山は、衝突しながらも話し合いを続けたが、滝田はもっと鹿山に強く言って欲しいと思った。

検査して数値並べてるだけじゃん、とか、もっと患者に寄り添おうよ、などでは全然足りない。

鹿山は、総合診療科はいいよな、楽でとか、散々悪口を言っていたのに、診察に行き詰まると、患者を総合診療科に押し付けようとした、未熟な人間だ。

患者への態度も適当で、クレームが入っても反省せず、面倒くさいことはやりたくない、と格好つけているが、本当はどうしていいか分からないのを誤魔化しているだけの弱い人間だ。

会議で、動脈瘤を見逃していたことを心臓血管外科医の茶屋坂に指摘され、大恥をかいたが、滝田には、自分が後輩に喝を入れるためのだしに使われた、嫌になるよ、などというような強がりを言っていた。

諦めた方が早いし賢い、親がエリート医師という激アツ設定もないし、魚虎で症例積んで、美容クリニックで点滴打って生きていくんよ、とクズみたいなことも言っていた。

滝田がめちゃくちゃ怒ってもいいフリをちゃんとしてくれている。

本当は傷ついているのに、強がるのは必ずしもダメとは言わないが、滝田がしっかりツッコんであげないと、鹿山はただの嫌なやつのまま終わる。

実際そうなのかもしれないが。

滝田は、そうやって誤魔化して逃げるのは止めたほうが良い、あれは完全に鹿山の凡ミスだった、マジで反省すべき、そうじゃないと、誰もあんたとしゃべりたいとは思わない、とか、同期なら、本当のことを言ってやれ、と思う。

鹿山の話を神妙な顔で聞いていた滝田は、何か鹿山に響くことを言うのか、と思ったが、むしろ、鹿山の言っていた通りいい気持ちになってた、ごめん、と謝りだした。

こんな奴に謝る必要なんてない。

謝ってもいいが、分かったなら良いよ、とまだ上から目線の鹿山に、鹿山はどう?またそうやって誤魔化すだけ?とかチクッとやってやればいい。

動脈瘤見逃したのも、あの夫婦の診察も、全部適当にやってるからでしょ?鹿山のいい加減な仕事の尻拭いをするために総合診療科はあるんじゃない、後のキャリアのただの踏み台としてここにいるだけなら、今すぐ医者を辞めた方が良い、そんなやつ、どこに行っても役になんて立たない、今の鹿山と誰も一緒に仕事をしたいと思わない、とか、言って欲しかった。

滝田は柔道もやっている体育会系で、こんな鹿山のヘラヘラした態度に、強く腹が立たなければ不自然だ。

鹿山は、自分を強く責めずに、諦めたくない、夫婦の病気を治したい、と言う滝田に、バカだよ、とまだ偉そうに言っていた。

なので、鹿山は滝田にきついことを言われ、誤魔化していたことを謝り、反省し、どうしたら良いか分からないんだ、と本音を吐露して素直になる、などという描写が欲しかった。

滝田には、楽でいいなといつも嫌味を言い、心臓血管外科の同期には、女王様の下働きじゃ意味ないわ、と心の中で馬鹿にしている、こんな奴が大して痛い目も見ずに終わっていく感じが腹が立つ。

3人の同期の中では自分が一番上だと勘違いしている、鹿山が色んな意味で一番下なのに。

他の同期に内心バカにされているのはむしろ鹿山の方だろう。

ムカつく鹿山はリアルで良いが、ほぼ放ったらかしだった。

徳重に促されて結局夫の診察はすることになったが、それも先輩の医師に言われたから渋々やっているだけで、心を入れ替えて頑張ろうという真摯さも見えなかった。

真相にたどり着かなかった滝田と鹿山、監督不足の徳重

そして、滝田と鹿山は夫婦の話を聞くが、結局なぜ夫が痩せないのか分からず、最終的な診察で、後ろにいた徳重がランチは?と助け舟を出し、夫が昼食を過剰に取っていたことが判明した。

しかし、これは滝田と鹿山、2人でたどり着かなければ意味がなくないか?

2人を成長させるために診察させていたのに、結局一番肝心な答えは徳重が出してしまうのか?

夫は、朝と夜は奥さんの監視の元食事し、昼は弁当を持参してはいるが、朝と夜以外の日中に食べているに決まっている。

奥さんの目は厳しそうだから、深夜にカップラーメンを食べて、容器をゴミ箱の奥底に押し込んでも、バレてしまうだろう。

夫も気が弱いので、そんな家で間食する勇気はないだろうから、外で食べている以外にない。

どうやってどの様に、何を食べているのかは不明だが、嘘をついていることは明らかだ。

鹿山と滝田は、夫と奥さんから話を聞き、夫は一日中営業で飛び回り、断れない性格であることも聞き出したんだろう?

それをすり合わせて、なぜだ?と2人で話しながら考えれば、断れずに間食していることはおのずと確定する。

そこにたどり着く、プロファイリングの過程を見せるのが、医療ドラマとしての面白い要素の一つでもあるだろう。

ではなぜそれを言えないのか、言わすためにはどうしたら良いのか、最終的な診察前に詰めておくべきだったんじゃないのか?

それを徳重に報告し、ヒントをもらったって良い。

夫が間食している真実にもたどり着かず、2人で頭を抱えて、なぜだ?と深く議論するシーンもない。

ちなみに、2人が話し始めた序盤で、ちょっとケンカになったのは良いが、小児科医の有松が、やめなよ、と割り込んできたのが邪魔だった。

何か発展性あるの?君たちの意見の違いとか、患者さんには何も関係ないからね、と言っていたが、大いに関係あるし、せっかく若者同士が本音でぶつかろうとしている時に、余計なことを言うなと思う。

お姉さんぶって格好つけているのか知らないが、トンチンカンな仲裁で、昨今のハラスメント撲滅の動きを汲んだ流れか知らないが、これは逆に老害と言って良いと思う。

本音で言い合った先にしか人は分かり合えない。

ただ言い合っているから止める、というのはアホのやることだ。

せめて、もうちょっと聞いて、訳の分からない罵り合いになったら止めれば良い。

なので、せっかく盛り上がりかけた言い合いも、いらない描写でなぜか壊してしまっていた。

その後2人は話し合って、夫婦関係のぎくしゃくというストレスと糖尿病、その疾患と病で人は苦しむ、ということに気付いたが、真実より大分手前の外側の一般論だろう。

総合診療の病気の捉え方としては、良いのかもしれないが。

夫は何か言えないストレスを抱えていて、ストレスホルモンが高いと体重が増えがち、と滝田は言っていたから、
それが二人が導き出した痩せない理由か?

それを徳重に報告して、徳重の反応を見る、とかもしないのか?

徳重も教えるならもっとしっかり教えろ、と思う。

徳重は理由の目星はおおむねついていた訳だろう?

そもそも、間食もせず、食事に気を付けていても、ストレスホルモンだけでここまで血糖値が下がらない、なんてことはあるのか?

医者じゃないから分からない。

いや、それはありえないんじゃないか?とか鹿山が言い出し、過去の症例を漁ってみて、やっぱりストレスホルモンだけではなさそうだ、とか、なったら、間食している、と決め手になるだろう。

そうやって詰めた訳でもなく、ストレスホルモンだろう、ということで、何となくふんわりして2人の議論は終わったようだ。

そして、もし間食していると確定したら、夫を一人呼び出し事前に話を聞かなければ、夫は奥さんの前で話してくれないか、話してくれても修羅場になるだろう。

案の定修羅場になってしまった。

なぜ妻に間食を言いたくないのか、それをどううまく妻に伝えるか、夫と鹿山と滝田で話し合わなければいけない。

そして、話し合った通り、もしくはそれ以上に、奥さんに対して見事な伝え方が出来た、というとこまでやって欲しかった。

それなら鹿山も、始めて診察の面白さを知った、となったかもしれない。

しかし、そんなチーム感はなく、ぶっつけで成り行き次第だったので、物足りない。

総合診療科ってここまでやるのか、さすが、などとは何も思わなかった。

ちょっとしつこく問診してるだけだ。

徳重も、2人を導いているようで、ほぼ何もしてない。

痩せないのは、本当にストレスホルモンだけかな?全く同じ様な症例見つかった?とか、奥さんは24時間監視出来てるのかな?とか投げかけたり、いくらでも誘導出来るだろう。

そうではなく、木ではなく森を見る、患者の印象を全て書き出す、くらいのザックリしたアドバイスをしただけで、鹿山も、総合診療科ってすごいな、なんて思わないだろう。

鹿山が、ストレスホルモンが原因だと思います、と徳重に伝え、徳重が本当にそうかな?と釘を刺すが、鹿山は怒って、それ以外にないです、などと嫌な態度を取り、実際の診察で、鹿山は得意気に診察を始めるが、徳重が示唆したように、ストレスホルモンが決定的な原因ではなかったと判明し、鹿山が自分の未熟さに真っ青になる、とかなら面白かった。

そんな鹿山に、鹿山君に足りないのは、人の話を聞く力じゃないかな、僕の話も聞こうとしなかった、とか、優しくえぐってやれば良い。

そのくらい痛い目を見ないと、鹿山はいつ反省するんだ?

何となく総合診療科の診察に付き合っただけだろう?

夫の告白に少し感動している様な素振りをしていたが、そんな程度では足りない。

徳重に全く、知識でも患者への接し方も、何もかもかなわなかった、と思わす描写があっても面白かった。

そういう闘いもなく、かといって優しく鹿山を気付きに導く秀逸な教えもなく、ちょろっと教えて終わりで、最後は徳重が持っていったので、徳重の振る舞いも物足りない。

ちなみに、滝田は、ここは夫婦のカウンセリングの場ではありません、と言っていたが、夫が間食していないという前提なら、滝田がやろうとしていたことは、言えないストレスを夫に告白させることで、それは夫婦のカウンセリング以外の何物でもない。

そのストレスを、この場を使って取り除けば、ストレスホルモンが減り、体重が減る、と考えたんだろう?

結果的には、精神的ストレスのみではなく、間食していた、という物理的な行為が直接的な原因だと判明するが。

滝田は、ケンカさせるために呼んだ訳ではない、という意味で言ったんだろうが、それなら、そう言った方が分かりやすい。

鹿山が滝田に言っていた言葉だが、再利用するほど良い言葉ではない。

普通のテーマを、掘り下げの足りないストーリーで見せた回だった

今回の話は、一般的な人達が陥る可能性もある生活習慣病と、それを取り巻く家族の話がテーマで、突飛ではなく、比較的身近なテーマで、それ自体に親近感はあると思う。

徳重も、滝田も、鹿山も、夫婦もしかり、登場人物の演技はあざとくはなく、演技自体は見てはいられる。

徳重が無理やり決めゼリフをねじ込んだシーンもない。

ちょっとぶっ飛んだ雰囲気のある茶屋坂も悪くないし、鹿山の同僚も同期っぽいそれなりの感じだ。

しかし、主要人物の内面描写が浅く、誰にも強い魅力を感じなかった。

ストーリーも掘り下げられておらず、夫が泣きながら妻への愛を告白するシーンも、上述した通り夫を応援出来ないので、涙腺を刺激される所まではいかない。

鹿山は、最後まで嫌な風味が取れず、成長物語としても物足りない。

普通のテーマでも、濃い人物描写で描いたなら面白くなり得ただろうが、普通を下回る描き方なので、見どころは何もなかった。

せっかく役者が揃っているのに、大分もったいない。

「第5話-心はどこにある」が”観て損はない☆3″理由と考察、その感想

実の母を手術した茶屋坂医師を徳重が診察する話し

5話では、徳重をよく思わない外科部長の暗躍や、心臓血管外科医の茶屋坂が実の母の手術を行い、後遺症が残った母の処遇をどうするのか、葛藤する茶屋坂を徳重が治療する話しが描かれた。

茶屋坂の圧にも屈しない徳重の存在感には味があり、実は母との関係に悩んでいた茶屋坂にかける言葉も深く、茶屋坂が子供になって本心を語るシーンは涙腺を刺激され、悪くはなかった。

しかし、茶屋坂は母とそこまで険悪ではなく、どの程度悩んでいたのかもあまり描かれていないので、そこが深ければもっと面白くなったんじゃないかと思う。

実は母が苦手だった茶屋坂

天才心臓血管外科医として、上司にも部下にも強気の態度で接する自信家で、時には変なおどけ方もするぶっ飛んだ茶屋坂が、実は家族に問題を抱えていた、というのは切実で、親近感が湧いて良い。

茶屋坂は母とうまくいっておらず、それを割り切って突き放すことも出来ない、というモヤモヤした状態を抱えたまま生きている。

そんな茶屋坂は母の手術を担当し、後遺症が残った母を施設に入れるかどうか迷い、後輩への実習研修中にも手が震えだすなど、今までになく精神が不安定になってしまった。

徳重は茶屋坂の治療を始め、最初は懐疑的だった茶屋坂も心を開き始め、母への愛憎や倫理観で揺れる茶屋坂に、徳重がかけた言葉が深くて良かった。

茶屋坂は幼い頃から母に厳しくされ、現在も母と反りが合わないが、母を躊躇なく施設に入れる事は出来ず、キャリアを捨ててでも自分が介護すべきなのではないか、と葛藤していた。

徳重が話しを聞いていくと、茶屋坂は子供の姿になり、施設に入れたらお母さんが一人ぼっちになっちゃう、と本心を吐露し、茶屋坂の葛藤は、倫理観や世間体だけから生じているものではないことが判明した。

この子供になって気持ちを吐露するシーンは、普段の茶屋坂とのギャップもあって、涙腺が刺激された。

現在の茶屋坂が語るよりも、分かりやすく、スッと入ってくるので、子供の姿になったのはとても良い。

徳重は、家族だから通じ合えるのは幻想かもしれず、共に行きていくのが正しいとは限らない、母にも事情があり厳しくしていた、それは彼女の事情で茶屋坂が背負う必要はなく、距離を置くことで見えてくるものもある、その葛藤は十分優しい証拠である、などと諭した。

普通なら、あなたが介護したいならした方が良い、などと気持ちを解きほぐして選ばせるだけだが、ここまで踏み込んだ意見を言う医者はまずいないので、独特でとても良い。

内容は強いが、その言い方は冷たい訳でもなく、優しい語り口で伝えられているので良い。

徳重が言っているように、家族と言えど他人で、分かり合えないことなど普通のことだが、それに気付かずに、家族関係で苦しんでいる人はたくさんいるんだろうと思う。

そういう人達に対して、切り離して考えても良いんだ、と思わす一つのきっかけになり得ている良いシーンではあると思う。

生みの親を介護しないなんて酷いね、などと言う、何も内情を知らないくせに、ステレオタイプな固い常識を振り回してくる連中など放っておけば良い。

それを実の子供に言ってくる親がいたら、何ともたちが悪いが。

茶屋坂の母は、そういうことを言わない人だからまだ良かったんじゃないか?

茶屋坂は、そう言われるんじゃないか、とも思っていた様だが。

もしそんな母親だったら、徳重が母親を諭していたのか?

それはそれで見てみたい。

茶屋坂は、母とはただ合わない、と言っていた。

仮に父と母は好き同士で一緒になったとしても、子供はそうではなく、性格が合わないことなど何もおかしくはない。

子供も、親もそれに気付かずに、自分の思い通りにしようと互いにエゴを押し付け合い、どんどん仲が悪くなる。

家族は生まれてからずっと一緒にいるので気付きにくいが、そもそも人が自分以外の誰かと一緒に暮らす、ということ自体が至難の業だ。

好きで一緒にいることを選んだならまだしも、そうでなく、性格も合わないなら、一緒にいればいるほど関係がおかしくなるのは当然だ。

奇跡的に性格が全く同じだとしても、人生経験の差で内面も変わるので、衝突は不可避に近い。

そこは親が客観的に自覚して、徳重の様に優しく子供を諭しながら、この家族という状況を理解させて行く必要があるが、そんなお坊さんの様な親はほぼいないだろう。

常識的な母親、常識外の茶屋坂

茶屋坂の場合、自立して立派にやっていて、天才外科医と呼ばれ、むしろ社会的には文句のつけようのない職業と生き方なのに、まだ母は茶屋坂を認めていない感じがある。

それは親だけは自分を見る目は変わらない、という良さもあるが、若い時はそんな目線が邪魔に感じるのは分かる。

これだけ結果が出てるのに、進んで欲しくない道に進むのはもう慣れた、という嫌味も腹が立つ。

単純に、茶道を継いでほしい、と思っているのかもしれないが。

せっかく娘が会いに来たのに、わざわざ来てくれてありがとう、と歓迎するわけでもなく、ハンコなんて郵送で良かったのに、と渋々娘の相手をする態度も、茶屋坂からしたらなんか引っ掛かるんだろう。

しかし、母親はそこまで嫌な態度を取っているわけでもなく、普通といえば普通なので、本当にただ合わないだけなのかはよく分からない。

例え外科医でも、親からしたらまだ未熟だと思っている、普通の親の態度にも見える。

例えば、歓迎ムードでないのは、肝心な時に帰ってこないで、そうでもない時に帰ってくるんだから、もう、とか母親は思っていたかもしれない。

茶屋坂は庭でタバコを吸っていたが、外なのは良いが、お客さんも通る入り口や部屋に近いので、見られたり、臭いがつくと嫌だから、もっと庭の中心部で吸って欲しかった、とか。

それを言ったらきっと怒るし、言おうか言うまいか、と思っていたら、灰皿持ってるから、と言われ、そういうことじゃないのに、と困り顔になる。

そもそも、タバコ自体吸って欲しくないし、こんなに自分の前で堂々と吸うなら病院でも吸っているはずで、それは医者として周りから良くは思われないはず、やっぱり一流ではないわね、とか思ったかもしれない。

病院はどう?と聞いた返しも、切りまくってる、って言うなんて、ちゃんとした受け答えも出来ないのね、この子は、とか。

母親だから茶屋坂の性格も知っていて、同僚や後輩に変な絡み方をしているのも想像がつくし、きっと上司の言う事も素直には聞いてないんだろうな、とか、見事に見透かされて、心配してるだけかもしれない。

もしそうだとしたら、母親は、母親として、人生の先輩として普通思うであろうことを思っているだけなので、性格が合わない、とは一概に言えない。

純粋な母親の性格だけでなく、母親という役もひっくるめて合わない、ということだろう。

急に激昂して茶屋坂を叱りつけたりする訳でもなく、思っていることはあるけど、一応気は使ってそこまでハッキリは言わない、リアルな母親の感じじゃないか?

もし茶屋坂が母親だったら、娘が病院でいくらふざけようが、嫌いなタバコを目の前で吸われようが、医者がタバコ臭かろうが、嫌ではなく、むしろもっとやれと思い、家業である茶道も一切やらせず、娘がいつ帰ってきても楽しく歓迎する、としたら、それは茶屋坂が変わっているんだろう。

良く言えば変わっているが、母親に未熟と思われてもしょうがない部分もある。

その未熟さは個性の芽である可能性もあるので、必ずしも矯正すべきだとは思わない。

ただ、母親としては、自分から見ておかしいものはおかしい、と伝えるのは当然のことだ。

その価値観が間違っていたら、子供にとっては悲劇だが、子供は子供なりにそれを判別し、母親とはそういうものだ、と割り切る必要がある。

それにも限度があるので、特に幼い頃に酷く間違った価値観を押し付けるのは、犯罪的な愚行だと思うが。

もし、年を取った時に、あの時怒ってた親の気持ちが分かる、自分もそうする、となるなら、性格が合わないわけではない。

気持ちは分かるが、自分はあんな言い方、やり方はしない、そもそもそんなことで腹は立たない、とかなら、合わないのかもしれないが。

茶屋坂に限らず、それが全くない家庭など存在してないだろう。

茶屋坂が、病院で同僚にちょっかいを出したり、空気も読まずに他人のミスを指摘したり、上司にも忖度せず思ったことを言う、というのは母親にはないであろう個性だと思う。

それを母親が全否定するのであれば、間違いなく性格は合わない。

茶屋坂にとっては居心地の良い個性的振る舞いを母親には全く出せない、出しても激しく怒られるなら、一緒にいるのは地獄かもしれない。

母親は、礼節を重んじ、他の医者や患者からも信頼され、技術も一流の医者になって欲しい、と思っているとしたら、常識的には正しくても、茶屋坂にとっては押し付けでしかない。

そもそも医者自体になって欲しくなかった、外科医以外が良かった、もしくは家業の茶道を継いで欲しい、と今でも強く思っているとしたら、大分うっとうしい。

茶屋坂という苗字からも、ものすごい伝統のある茶道の家系なのかもしれないが。

将来、茶屋坂が茶道をやらずにこのまま医師を続けても、母の理想とは違う形で、母親からも認められる、という可能性は十分あるだろうが、今のところまだだから、母親はあんな感じなんだろう。

母親の嫌味の理由が不明

確かに、2人が、親子としての人生経験の差や性格面でもぶつかる、というのは分かった。

しかし、母親が茶屋坂に進んで欲しかった道、についてもう少し教えて欲しかった。

母親が茶屋坂に言った嫌味以外は、特に嫌な訳でもなく、二人が相容れない決定的な肝は、間違いなく、母親は今からでも茶道を継いで欲しい、ということじゃないのか?

母親が、医者になったのは偉いが、まだまだ未熟ね、と思っているだけなのか、今でも茶道を継いで欲しいのか、それとも両方なのか、で大分話は変わってくる。

そこは明確には明かされておらず、話しが少しボヤケてしまっているし、弱い。

2人の間には何もないが、ぶっ飛んだ茶屋坂と、礼儀を重んじる常識的な母親と、ただ合わない、というなら一般的な家族の不仲の延長線上の話だと理解出来るが、家業を継ぐ継がないは、少し特殊だ。

茶屋坂は、特に何もないが、積み重なってややこしくなっている、という様なことを言っていたが、家業を継ぐことを茶屋坂が拒否し続けてるなら、何もないどころかめちゃくちゃある、ということになる。

そうであれば、外科医として活躍している娘に、母親があんな嫌味を言うのも腑に落ちる。

家業のことは全く関係ないなら、そんな抽象的な嫌味のセリフなど邪魔で、タバコ臭い医者なんてダメよ、とか、切りまくってるなんて言い方やめなさい、とか、本当に合わないんだ、という明確なやり取りをして欲しかった。

茶屋坂は誰とも合っていない

茶屋坂は、母とただ合わない、と言っていたが、そもそも茶屋坂と合っている人などほぼ存在しないんじゃないか?

強いて言えば、同じ様にぶっ飛んでいて、いつもテンションが高く、思ったことはズバズバ言う、何に対しても怒らず、会ったらイエーイとハイタッチをする様な、アメリカの西海岸にいる様な人達とは合うかもしれない。

分からないけど。

病院では上の立場で束ねているだけで、実際一匹狼だし、みんなからウザがられ、誰とも合ってはいない。

そもそも茶屋坂に限らず、人間同士ぴったりと性格が合う、なんて現象は存在しておらず、性格が似ていても、例え双子でも喧嘩するし、大抵は合っているように見えて、どっちかが合わしているだけだ。

人と人は合わなくて良いと思うし、むしろ合っていないから面白い、ということも多々ある。

合っていて全然喧嘩しないよりも、合わずに意見をぶつけ合う方が成長する、とも言える。

そこにも限度はあるだろうが。

茶屋坂は病院では、自分が変わっていることを知っていて、むしろ合わないことを楽しんでいる様な感じなので、母親にもそうやって接し続ければ良い。

嫌味を言ってくる母親に、何で?何でいつも遠回しに言うの?と、鹿山に言っていた時のように、少し笑いながら余裕たっぷりに詰めてやれば良い。

そこは怖い記憶があり、萎縮してしまうのか?

どうせ家業を継ぐ気もなく、もうすでにうまくいってないんだから、思い切りぶつかれば良い。

まだ小さい頃に本を燃やされたのが許せないなら、それを今になって言っても良い。

他にやり方なかった?今思い返しても許せないんだけど、とか、何の脈絡もなく切り出したら、母親は焦るだろう。

母親が怒ろうが、本当の自分でぶつかり続ける以上に、分かり合える近道なんてない。

徳重が言っていた通り、茶屋坂も、家族だから分かり合える、という幻想に囚われていたのかもしれない。

天才といえど、茶屋坂もまだ若かった、ということか。

母親はもっと嫌な人間の方が面白かった

母親とうまくいっていない茶屋坂に、徳重が諭したシーンは良かったが、茶屋坂と母親がもっと険悪な方が跳ね上がって面白かったと思う。

上述した通り、今の母親は嫌味以外は普通寄りで、昔は怖かった以上の確執や因縁が描かれる訳ではなく、親子のドラマは大してない。

100点を取らなかったから自分の本を全部燃やされた、のは今でも腹が立つかもしれないが、茶道を厳しく教えられた、タバコを吸っているのを見られた時に呆れられた、などは、そこまで憎むほどの出来事ではない。

茶道の厳しい教えは、嫌だったかもしれないが、インタビューでは茶道は何も関係ない、と言っていた癖に、手術中に母の教えを思い出し、手術におけるスピード感や心構えなどに応用し、手術にも少なからず役立っていることも判明した。

茶屋坂は、実家に所用で帰らざるを得なくなった訳でもなく、ハンコを郵送するのが面倒くさかったから、という理由でふらっと実家に立ち寄れるので、大した確執などはない。

本人も何かがあったわけ訳ではない、とは言っていたが。

封筒の文字の書き方を後からネチネチ言われる、むしろそっちの方が嫌だ、とかなら分かるが。

なので、どうしても親に直接会わなければいけない用事があり、それを済ませてさっさと帰ろうとしたら、強烈な嫌味を言われ、激しく説教され、茶道を強要された、とかの方が面白かった。

まだ強烈に嫌なオーラを放っている母親の方が、よりドラマチックになった気がする。

そんな母親に対してでも、もう愛情がないわけではなく、施設に入れることに葛藤がある、子供の姿になって、一人にさせたくない、と吐露する、という方が感動的だ。

それは、まだ洗脳されているから、などではなく、もう母には大分前に見切りをつけていたつもりだったが、それでもまだ愛情があったことが分かり、それを徳重が距離を置くことを勧めた、なら、起伏の連続でより面白かった。

今の母親の普通さは、存在感自体はリアルで良いが、2人の関係性は濃くはなく、上述した通り、嫌味の理由も明かされないので、跳ね上がるにはちょっと足りない。

味のある徳重のしゃべり

徳重は回を増すごとに、だんだんと存在感が増してきていて良い。

独特のゆったりしたしゃべりは、診療の時こそまだ少し冗長に感じるが、味があり、しゃべりだしたら徳重の空気感になってしまう不思議なパワーがある。

東郷としゃべっている時も、茶屋坂としゃべっている時もそうだ。

聞いているものを釘付けにする、催眠術的なしゃべりというか。

茶屋坂に嫌味を言われて攻撃されても、動じずにいなしてしまう感じは、口先だけでなく、本当に動じていない雰囲気があるので、ちょっとした痛快さもあって良い。

徳重が茶屋坂の元に訪れ、話を聞きに来た時、徳重が部屋の中に歩いていく感じが、雰囲気があってとても良かった。

手を後ろに持っていき、まるで腹を突き出すかのような感じの落ち着いた歩き方は、若者のそれではなく、顔を見なければおじさんだと思える様な歩き方だった。

彼もおじさんと言えばそうなんだろうが、演技というより、にじみ出ている人間味があり、とても好感が持てる。
クセのある茶屋坂と話しに行くのに、特に何とも思っていない感じが出ていて良い。

徳重は、診察で話をしている、聞いている時の顔がちょっと狂気じみている時がある。

普通に話を聞いている顔ではなく、ちょっと変態チックな、ギラついた目に見える時もあり、面白い。
これも彼の味だろう。

診察の時のしゃべり方は、まだちょっと間延びしている感じもあるのがもったいない。

一回茶屋坂と話し、日を改めましょうと席を立ち、再び座りだしてからのしゃべりが、少し冗長に感じた。

子供の茶屋坂に、あなたが背負い込む必要はない、と優しく諭すのは良いが、特に、あなたはとても、優しい人です、という言い方は、そんなに溜めなくていいのにと思う。

とても、という言葉には短いながらも感情がこもっていて素敵だが、そこまで大したことは言っていないので、とても、でわざわざ1回切ってから、優しい人です、と言うのがあまり効果的ではなく、冗長に感じる。

こんなことを言われたことのない茶屋坂が涙するのも分かるし、良いシーンだが、もっとさらっとの方が自然で良い。

相手の体に染み渡らせるかのように丁寧に言うのは徳重の独特さで、確かに良い時もあるが、必ずしもそうではない時もあるのがもったいない。

「第6話-最期への旅路」が”観て損はない☆3″理由と考察、その感想

末期がん患者を滝田と徳重が看取る話し

第6話では、余生を家で過ごす末期ガン患者を滝野が緩和的に治療しながら、最期まで看取るという話が描かれた。

患者は、特に癖もない普通の人で、滝野と人生を振り返り、家族に看取られて亡くなる、という普通の話だが、医者の視点に重きが置かれる独特さがあり、滝野が泣きながら辛い気持ちを告白するシーンは涙腺が刺激され、悪くはなかった。

徳重にもっと存在感があり、患者にもっと親近感を感じられたら、もっと面白かったんじゃないかと思う。

患者に寄り添おうとするが、辛さも感じる滝野

滝野が、患者の病状の悪化に伴って薬を増やすことを徳重に提案し、徳重に、辛いね、と言われ、隠していた患者への気持ちを泣きながら吐露するシーンはとても良かった。

最初は笑って気丈に振る舞っていたが、次第に気持ちが込み上げて、我慢出来なくなる演技がリアルで良い。

患者に寄り添おうとしているが、医者として何も出来ない悔しさや、患者の人生を知ったことで親近感を感じ、その人が亡くなるということにも悲しさを感じる、という複雑な感情が入り混じった告白で、涙腺を刺激された。

本当にそう思っている素直な告白に見え、涙はとってつけたものではなく、自然で良い。

長回しで滝野を映し続ける、という見せ方も、緊張感がありリアルで、功を奏している。

患者の前では普通にしている医者も実はこんなことを思っているんだ、と思えたら見る目も変わるし、全ての医者が滝野の様であって欲しい、とも思う。

最初は滝野のようでも、数をこなすとだんだんと事務的になってきてしまうのか?

この話の患者は良い人で、特に頑固でもなく、家族も普通の人達なので、滝野は素直に親近感を感じられ、感情が込み上げてきたのかもしれない。

中にはダメな意味で頑固な患者や、嫌々介護してます、的な素っ気ない家族もいるはずで、毎回好きになれる訳ではないだろうとは思うが。

滝野は良い家族に当たったんじゃないか?

それがダメな訳ではなく、患者や家族との交流を通して感じた滝野の気持ちが、素直に表現されていて好感は持てる。

比較的普通の家庭の、最期の看取りという問題を、滝野という分かりやすい人間の視点で、丁寧に見せられているので、話の展開自体に特にこれといったドラマチックさはないが、それなりに見ていられるものにはなっていると思う。

滝野のナチュラルさ、感情豊かな振る舞いは大分大きいが、話的にも、登場人物の振る舞い的にも、変に浮いた部分はあまりなく、普通である。

ちょっとした臭さはチラチラあるものの、作為的な臭さというよりは、現実でも起こり得るリアルな臭さで、ある程度はしょうがない。

しかし、滝野は良かったが、徳重はもう少し滝野や家族に踏み込んだ振る舞いがあっても良かったと思う。

徳重は少し引いて監督し、アドバイスなども与えていたが、独特さが足りないので、いなくてもあまり変わらなかった様な気もする。

もっと言えば、患者の半田は、滝野と何の対立もなく、頑固さも足りず、普通すぎて物足りない。

滝野がケアする大変さ自体はあっても、心のぶつかり合いは特になかった。

そういう意味で、今回はほぼ滝野の話で、これはこれで悪くないが、少し物足りなさはある。

患者の半田はもうちょっと頑固であって欲しかった

医者目線の描き方は悪くないが、患者がもう少し良い意味で頑固で、とっつきにくいが粋さが感じられるお爺さんだったらもっと面白かったと思う。

患者の半田は大工の元棟梁で、昔の任侠映画が好きな、強面だが優しいお爺さんで、滝野の前では少し見栄を張って良く見せようとしている可愛さもあり、弱音を吐かずに病気と闘っている。

滝野にも比較的すぐに心を開き、妻との馴れ初めを話したり、自分が建てた家の模型を見せたり、友達とは悪口を言い合ったり、人当たりも悪くない。

日々辛いはずなのに、夢を見ているのか、寝ながら息子の名前を呼び、俺がついてるから大丈夫だ、などと寝言を言っていたのは涙腺を刺激された。

滝野が企画したサプライズパーティーでは、かつての同僚や友人が集まり、滝野が持ってきたミラーボールとラジカセでディスコを再現し、半田も妻と行った当時を思い出したのか、楽しそうに滝野と踊り、涙ぐんでいた。

半田は、友人に、何が棟梁だ偉そうに、と言われ、ちょっと強めに友人をグーで殴っていたのがコミカルで良い。

しかし、もし自分が患者の立場だったら、こういう雰囲気は、ちょっと戸惑ってしまう。

こんなパーティーが開かれる時点で、自分は相当弱っていると思われているんだな、と思うし、最後の晩餐のようで、素直に受け取れないかもしれない。

ディスコを再現した、と言われてミラーボールをつけて音楽をかけられても、こっ恥ずかしいやら、介護されてる様でイラッとするやらで、どうして良いか分からない。

しかし、周りは良かれと思ってやってくれているし、家族も友人も、病院関係者も楽しそうだし、まあいっか、となるのかもしれない。

自分がどうこうというより、自分のためという名目でも、各々が楽しんでくれればそれで良い、周りが楽しそうなら自分も嬉しい、という様な。

それは年の功なのか、元々そういうことを嫌に感じる人ではないのか、もう文句を言う気力もないのかは分からない。

半田が何も引っ掛からず、手放しで嬉しいならそれで良いんだろうが、端から見て、おじいちゃんを励ます会丸出しなので、自分が半田でも、半田の家族でも、どこか違和感がある。

半田は、任侠映画が好きで、じじいみたいに見られたくない、という様なことも言っていたが、思い切りそういう扱いをされている。

紙で作った鎖がたくさん飾られているのも、お遊戯会みたいでダサい。

なので、半田は急なパーティーに呆れて、ちょっと怒りながらずっと文句を言っているくらいの方が、より好感が持てた。

パーティーに来た友人に、お前ら俺を励ます目的でタダ酒飲みに来ただけだろ、とか悪態をついて、友人達も、バレたか、半田さんにはかなわない、などという会話があっても良い。

友人の居酒屋店主が外に出て、なんか泣けてくる、などという描写も臭くてゆるいので、ない方が良いし、泣くのは死んでからで良い。

それを見つけた半田が、俺を慰めるつもりで来たなら帰れ、とか怒ったって良い。

滝野が頑張ってディスコを再現したが、ディスコでも何でもねえよ、バカにしやがってとか、照れもあってちょっと機嫌が悪くなるが、楽しそうに踊っている孫を見てちょっと笑うとか、そんなくらいで十分で、すぐに踊る必要もない。

急に連れてこられて、どうして良いか分からず楽しめてない大工の若手を見つけて、わりぃな来てもらって、俺は嫌いなんだこういうの、などと言って、2人で外に出て、若手の悩みを聞くとか、があっても深かった。

そういう一連の半田の行動を見て、パーティーが終わってから謝る滝野に、久々に息子の笑顔を見れたよ、ありがとう、と、最終的に礼を言い、まだ他人のことを気にかけてたんだ、とかにして欲しかった。

それなら、滝野も、良かれと思ったことも必ずしもはまらない、寄り添うのって難しいと学べるし、しかし、やって良かった、という起伏のある描写になったかもしれない。

そういう描写は特になく、滝野の企画はすんなり成功し、半田は普通に楽しめているので、きっとそういう人もいるんだろうが、ゆるく、滝野が看取ってから、猛烈に半田の人柄が込み上げてきて涙腺が刺激される、という所まではいかなかった。

普通の人の普通の看取りのドラマをちゃんと見せてくれた、という感じだ。

これはこれでダメとは言わないが、ガツンとくる感じは特にない。

滝野視点で描かれているので、そこに独特さはあるが、もう少し、うまくいかない、滝野と半田の感情的な闘いがあって欲しかった、とは思う。

長男の質問にはっきり答えない徳重

患者の半田の次男はあまり笑わない職人っぽい人だが、母親の最後に立ち会えなかったことを後悔していて、父を毎日懸命に介護している。

長男は、父の顔を見るためにたまに帰って来るが、徳重に、後どのくらいかかるのか?などと聞いてしまい、弟と喧嘩になるが、父の死に目に立ち会いたいがゆえの言葉で、リアルなケンカの理由で良い。

わざと嫌な兄にして無理に対立を見せている訳ではなく、そういう気持ちがあるのもおかしくない、と思える動機だ。

普通は思っていても隠し続けて追い詰められ、父が亡くなった時にホッとする、という、言葉にしないまま終わる人の方が多いだろうが、本当に思っているなら言ってしまう方が素直とも言える。

容体が悪くなって駆けつけ、まだ大丈夫だった、というのが何回もあれば、会社も早退したり休みにしたりするのも大変で、一体いつまで続くんだ、と思うのはおかしいことではない。

生きて欲しいが、最期にも立ち会いたい、という複雑な気持ちが入り混じっているリアルな気持ちなので、それが描かれているのは良い。

それに対して徳重は、家族にはそれぞれ不安があるが、お父様も一緒です、と言うだけなので、少し物足りない。

この状態がどれくらい続くのか、3日なのか、1ヶ月なのか、医者の私たちにも全く分かりません、とまずハッキリ言って欲しかった。

質問に全く答えないのは、誤魔化している様に見えなくもない。

アナウンサーの診療の時もそうだが、声が出るとは保証出来ない、と言ったように、徳重が普通の医者の様にボヤかすのはらしくない。

医者としてハッキリ言えなくても、人としてハッキリ言えるのであれば、そっちを優先すべきで、それをしないのであれば、徳重は普通の医者だ。

たく君や茶屋坂に言ったように、人として思っていることを、医者という立場を超えて言うから面白いのに、今回の徳重はずっと普通だった。

ここは徳重の見せ場でもあるので、もう少ししゃべって欲しかった。

先が見えず、家族に負担をかけている、とお父様が一番気になっているかもしれません、とか。

これからお父様に起こることは、誰にとっても、彼にとってももちろん初めてのことなので、お兄さんがそばにいたいのか、どうされたいのか、私達が決める事は出来ません、とか、死に対しても、もう少し踏み込んで何か言って欲しかった。

滝野に心情をしゃべらせた徳重はちょっと冷たく見えた

徳重は、体調が悪化してきている半田のために、薬を増やそうと提案した滝野の心情を察して、滝野に思っていることを吐露させたが、もっとちゃんとした言い方で言って欲しかった。

徳重は、少し笑って、滝野先生、と言って立ち上がり、そこからトーンを変えて、辛いね、と無感情な感じで言うのは、親身になっている、というより、突き放している様にも見えた。

何でこんなことするんだ?

滝野の様子を見て、少なからず、こりゃまずいな、と思って話しかけた訳だろう?

焦る滝野を見て、少し神妙な顔になり、そのまま、辛いね、と言った自然な感じでもない。

一回笑って溜める感じも、その後の無感情的な言い方とギャップがあり、より変な感じになっている。

辛いね、と言った後も、言いっ放しで滝野に圧をかけている感じもあり、不自然だ。

辛いね、分かるよ、僕もそうだった、と言葉を続けて、見抜かれた滝野が気丈に振る舞いきれずに、涙腺が崩壊する、とかの方がよほど自然じゃないのか?

辛いね、一言でも包み込めるほどの温かみのある濃い言い方ではなく、むしろ弱みを指摘しただけにも見える。

どの道、辛いね一言だけでは、無理かもしれない。

辛いね、と言われ、辛くないです、医者なんで、と、気丈に振る舞う滝野に、医者も辛いって言っていいんだよ、人間なんだから、などと会話のラリーがあり、我慢できずに涙腺が崩壊する、とかの方が滝野も気持ちを自然に吐露しやすいだろう。

滝野がしゃべっている間、背中越しの徳重は途中で一切頷きすらしなかったので、近距離でただ見つめているだけで、滝野は大分しゃべりづらかったと思う。

これで、滝野は気丈に振る舞う感じから、ボロボロ泣いて気持ちをさらけ出す所まで、よく持っていったなと思う。

もしこれが、徳重が何らかの事情で遠くにいて、電話越しなら、無言も味になって、気にならなかったかもしれないが。

なので、これは、ほぼ滝野のマンパワーで作り上げたシーンなんじゃないかと思う。

その後、徳重は、人は何もしなくても進む船で旅をしているが、患者と一緒に漕いで進むことも出来る、せっかく同じ船に乗り合わせたんだから、より良い旅になるよう、最後まで、と良いことを言っていた。

人の一生を、何もしなくても進む船に例えた、ちょっとポエティックで素敵なことを言っていたのに、辛いね、に違和感があり、もったいない。

無理矢理心情を吐露させて、感動話を聞かせた、みたいな。

なので、この話で徳重に良い存在感はあまり感じなかった。

徳重には、滝野の行動を把握し、裏から見守り、要所を押さえてサポートするスマートさや、滝野が頼れる厚い人間味が見たかったが、そうはなっていない。

きつい看取りのシーン

クライマックスの看取りに関しては、比較的リアルに表現されていると思うが、色んな意味で少しきつい描写だった。

子供は理解出来ずに、長男の娘が、何でパパ泣いてるの?と質問したり、親とのギャップがある感じはあるあるではある。

次男の息子が、じいちゃん死んじゃうの?怖いよ、と言って泣くのは、リアルには感じなかった。

こういう子もいるのかな?くらいにしか感じず、大抵の子供は、この状況が理解出来ず、キョトンとして見ているんじゃないかと思う。

あんまりしゃべらさず、ただ泣いてしまう方がリアルかもしれない。

義理の娘が、お義父さん起きて、と言ったり、長男が電話越しに、親父聞こえるかーと呼びかけるシーンはムズムズする。

この状態の相手に、起きて、と言うのは、ちょっと騒がしい気もする。

もう一度しゃべりたい、という気持ちから出た言葉なのかもしれないが。

そもそも、肉親の死に目に立ち会う、という行為自体、それが必ずしも良いことなのかどうかは分からない。

死の瞬間よりも、その前後に会えればいいんじゃないかと思う。

赤ちゃんが生まれる時には、家族全員で立ち会う訳では全くなく、立ち会いたい人はそうすれば良い、というものだが、人が死ぬ時には、絶対に立ち会わなければいけないのではないか、という強迫観念がある。

死も生の一部である、と考えれば、本来そう思う必要はないんじゃないか、と思う。

純粋にそばにいたい、という気持ちより、父親だから、家族だから、お世話になったから、という、盲目的に従わざるを得ない掟の様なものが存在している、と思う。

立ち会えなかったから酷い人でもなければ、立ち会ったから偉い訳でもない。

もちろんそばにいたいならいればいいが、亡くなる人を目の前にして、悲しまなければいけないのではないか、もっと悲しもうとか、自然ではない気持ちが交じるので、そういう周りの人達も含めて、見たくはない、と思ってしまう。

半田の義理の娘が、起きてーと言うのも、兄が、親父聞いてるかーと言うのも、果たしてそれが人のあるべき姿なのかは分からない。

半田の家族に限らず、これは一般的に起こり得ることで、それを否定する訳ではない。

しかし、半田はちょっと前までは元気だったが、急激に衰えて亡くなった、とするなら、そのスピード感も、半田は義理の娘と兄とどんな関係性だったのかも描かれてはいないので、彼らの振る舞いを見ても、心に迫るものはなく、涙腺は刺激されなかった。

義理の娘と長男は、半田が息を引き取ってから泣いていたが、きっと父と喧嘩したり、笑いあったり、紆余曲折色々なことがあっての今なんだろう、と思えば、無理矢理泣けないこともないが、そこまで引っ張られるものもない。

一番自然な振る舞いは、もう父が死ぬことを受け入れている、次男の淡々とした振る舞いだったと思う。

泣いたり、お礼や別れを言ったりもせず、ただ見ている、という。

昔見た看取りの医師のドキュメントで、患者が亡くなった後、その家族が、今までありがとうって言えば良かった、と言うと、そのおじいちゃん先生は、そんな他人行儀なこと言わなくていいんだ、もうお別れだ、みたいなことは、と強く諭していたのが印象的だった。

死という未知の現象に対して、誰も正しい振る舞い方など知らない。

かといって、何かしなければいけない訳でもない。

何か言ったほうが良いのか、と思って、どこかで聞いたような、心にもない浮いたセリフを言ってしまったら最悪だ。

彼らがそうだと言っている訳ではないが。

なので、実際はただ近くにいるだけでいいんだろうと思う。

半田がまだ若く、終末医療も受け入れていない状態であれば、家族はまだまだ言いたいことがあり、呼び戻すという意味で、激しい声かけが起こるのは、自然なのかもしれないが。

そもそも、自分が死ぬ瞬間を、誰かに見てもらいたい、とは思わない。

せめて、家族の前ではまだハッキリした予兆はなかったが、みんなが目を離したその隙に急に天に召された、という方が、気を使わせなくて良いんじゃないか、と思う。

どうやってやるんだ、ということだが。

人によっては、最後の最後まで手を握り、声をかけ続けて欲しい、という人もいるのか?

そこをどうするか、親と話し合う機会なんてないが、話しておいた方が良いような気もする。

きっと、そういう瞬間を見られたくない人だっているだろう。

死期が近づいたら、姿を隠す猫の様に。

いよいよだ、となったら、医者を残して席を外して欲しい、と決めておいても良い気もする。

周りも、見ていいのか、と気になってしまう。

生前に親にそんなことを聞くのは野暮だから、親から言わなきゃいけない。

半田の場合は、自分で家で最期を迎えることを選んだ訳だから、別に構わない、もしくは考えていない、ということなんだろうが。

上述した通り、半田の印象も普通なので、亡くなった後に、悲しみが込み上げてくる感じもあまりなかった。

強いて言えば、次男が泣きもせずに父を見つめていた感じくらいだ。

なので、比較的リアルに描かれていても、リアルな良さはあまり感じず、色んな意味で、見ているのがきつかった。

良いきつさではない。

ただ、一人の人間の生前から看取りまでを、ここまで順を追って描いた医者目線のドラマは他にないかもしれない。

そういう意味での独特さはあるとは思うが。

「第7話-お前には、話さない」が”物足りない☆2″理由と考察、その感想

盛り沢山の7話

7話では、徳重が夏休みに師匠の赤池を訪ね、病院内では、心臓手術を受ける中年患者を滝野が安心させるために奔走するなど、主に医者中心のストーリーが描かれた。

外科と心臓血管外科が協力したり、滝野の同期の手術デビュー、東郷外科部長と息子の対立や、赤池の急変など、非常に盛り沢山の回だった。

その割に、どの話も特に見を見張るほどの展開も、魅力的な演技もほぼなく、見どころは特になかった。

なぜなのか考えていきたい。

コーディネーター的な滝野、普通すぎる患者

滝野は、手術を待つ患者を安心させるために、外科の東郷と心臓血管外科の茶屋坂を取り持ち、その手術を担当する同期も気遣っていた。

話が苦手な麻酔科医の代わりに積極的にしゃべり、精神科医の天白から患者との話し方のアドバイスをもらい、医師3人と面談の機会を作る、など、滝野は通常の医者の枠を超えて、まるでコーディネーターのような働き方をしていた。

これは医者の仕事なのか、というと通常の医者の仕事ではないが、このポジションの人がいるといないとで、大分患者の不安度は変わってくるはずなので、全ての病院にあって欲しい、と思う。

茶屋坂と東郷がツンケンしたまま手術に突入する、というのも、患者に知らされなくても、患者にとってプラスに働くとは思えない。

手術を担当する医者に信頼感がなければ、複数の医師が関わってくれている方が安心するだろう。

このコーディネート作業は、面倒くさくて大変で、しゃべりにある程度長けていて、優しい雰囲気が出せる人でないと務まらない気もするので、滝野には向いているのかもしれない。

ただ、患者は疑心暗鬼で、若い医師の執刀や人工心肺装置の使用を頑なに拒否していて、それを滝野が精神科医の天白からもアドバイスをもらって解きほぐしていく、などという話ではないので、見応えは特にない。

なぜそこまで不安なのか、何か患者が隠していた、という真相もない。

茶屋坂と東郷は、相容れない感じではあるが、そこまで険悪でもないし、手術を担当する滝野と同期の戸田も、滝野が奮い立たせなければならないほど、不安に駆られてもいない。

大変は大変だろうが、今回は比較的イージーなコーディネートではある。

天白から、患者は時に自分を守るために嘘を付く、その嘘も不安も全部その人自身である、などとアドバイスをもらい、滝野は、なるほど、とリアクションをしていたが、これが、その患者を説得するキーポイントになった訳でもない。

ちなみに天白は、演技っぽさはあるが、優しく独特な味があるので、存在感が良い。

患者は、恐らく誰もが抱くであろう手術への不安、心臓を一時的に止めること、経験の浅い医師の執刀、全身麻酔への恐怖などを訴えているだけで、嘘などは何もついていない。

入院直後に、局所麻酔に変更して欲しいと訴えてきたが、大須先生は、茶屋坂先生が一番信頼している麻酔科医です、と滝野が伝えると、すんなりと受け入れてくれた。

不安が特に強くもなく、素直で物分かりが良く、クセもない様に見える。

面談で、患者の不安に滝野たちが一つずつ答えていくが、こんな説明の仕方をされたら確かに安心するな、という具体的な説明テクニックも特になかった。

人工心肺は本当に大丈夫なのか、なぜ若い医師が担当するのか、なぜ局所麻酔ではダメなのか、もっと具体的に説明して納得させる濃い会話のラリーが見たかった。

アナウンサーの手術の件で述べたことと似ているが、滝野は、徹底的に調べ上げた成功率を突きつけたって良いし、フリップやパソコンを使って図解を見せても良いし、何が気になりますか?これも気になりますか?とほじくって聞いていっても良い。

そうではなく、みんなで、ただ大丈夫ですよ、と言っているだけに近い。

それなのに、患者もさらに質問する、などもなく、すぐ納得してしまうので、会話が深くならずに終わってしまい、この面談は一体なんなのか、よく分からない。

滝野は、患者が分かりました、とすぐに言っても、きっとまだ納得してないな、と見抜いて、しつこく説明した訳でもない。

この患者が嘘をついているとしたら、強いて言えば、本当は、納得していないのに、分かりました、と言ってしまう、ということだろう。

滝野も入れれば、医師4人に説得され、納得していると嘘をつかざるを得なくなり、入院当日にバックレて、滝野が、患者の気持ちを見抜けずに落ち込む、などという展開だったら面白かった。

こっちがただ一方的に説明しただけだった、と気付いたらリアルで良かった。

そうはなっておらず、執刀医の戸田は、鹿山と滝野が待つ同期飲みに普通に現れたので、何の問題もなく患者の手術が終わった、ということだろう。

なので、この話では、滝野が日頃から言っている、患者に寄り添う、ということが、表面的にしか表現されておらず、物足りない。

ニコニコしながら、時に世間話も交えて、不安ですよね、大丈夫ですよ、と優しく言うことが、必ずしも寄り添っているとは思わない。

滝野は、頑張っているかもしれないが、それは誰にでも出来ることで、それは大前提として、その奥が見たかったのに、そうはなっていない。

不安が強い、と言われていた患者も、不安は強くなく、良く言えばいい人で、悪く言えばゆるかった。

患者がデータで納得するのか、それとも人柄で納得するのか、はたまた両方なくてはならないのか、この患者の性格を見抜いて、あえてあまり深くは説明せず、人柄でニコニコしてやり通そう、という作戦を立てた訳でもない。

結果オーライで、たまたまイージーモードでうまくいっただけで、それが通用しない患者もいるはずで、ドラマの話として使うには要素が足りない。

なので、この話は、総合診療医ってこんなこともするんですよ、という紹介程度のドラマで、手強い患者を、滝野が色々な医師の力を借りて安心させる、という患者と感情のぶつかり合いがあるドラマにはなっておらず、物足りない。

ぶつかりの足りない茶屋坂と東郷、冷静な戸田

茶屋坂と東郷の関係も、表面的な対立はあるが、いつの間にかなくなってしまっていた。

直接的なぶつかりは、東郷が勝手に執刀医を決めたことで、勝手なことはしないで欲しい、と茶屋坂が怒り、東郷が、あなたのワンマンにさせておけない、などと返し、ピリついただけだ。

お互いの本心をさらけ出してぶつかった言い合いが何回もあり、それを滝野が間に入って見事に仲裁した、とかでもない。

茶屋坂は、患者にはちゃんと説明してる、と主張するが、東郷は、茶屋坂先生の説明は高圧的で、患者さんは本音を言えません、僕も同じでした、とか言い合う熱い会話もない。

初めて手術を担当する滝野と同期の戸田は、特に何も問題がない普通の青年なので、もっとドラマが欲しかった。

滝野が気づかって話を聞きに行くが、戸田は、自分が周りから不安だと思われていること、確かに不安もあることを冷静に把握しており、滝野が励ます必要もないくらいだった。

東郷には、あなたは一人ではない、と言われて何か感じた顔をしていたが。

戸田が、初めて手術室に入った時は、そのリアルな手術風景、茶屋坂がいて、東郷も見にくる感じなどにこっちも少し緊張してしまったが、戸田がどんな人生を送ってきたのかが分かれば、もっと心動かされたと思う。

この話では、徳重の話しをなしにして、戸田をもっとフィーチャーし、戸田と不安を抱える患者、徳重なしで奔走する滝野の、新世代が活躍し始める話しにしてしまった方が、濃くて面白かったんじゃないかと思う。

描くことが多すぎて、そこまで掘り下げられていないのがもったいない。

ちなみに、同期飲みに来ていた皮肉屋の鹿山は、以前の話でも言及したように、自分の態度をちゃんと反省した描写がないままなので、飲み会で、声を上げれば変わるもんだな、などと言っていたのがイラッとする。

ちゃんと謝りもせず、何をしれっと滝野の味方のように振る舞い、青春ヅラしてるんだ、と思ってしまい、素直に微笑ましくは見れなかった。

徳重の夏休み、明かされない過去、臭くて冗長な海辺のシーン

徳重は、夏休みを取って師匠の赤池に会いに行ったが、実は赤池を診察するためだった、というのは面白い。
急に送られてきた本や、滝野へのメッセージ、診療所を閉める、ということに、徳重が異変を感じていたとは気付かなかった。
年齢が不明なので、はかりようがないが、きっと高齢が理由ではなさそうな、らしくなさを赤池の行動に感じたんだろう。
しかし、それが判明するのはラストシーンなので、それまでの2人の交流は冗長で、よく分からないシーンもあった。

この話では、冒頭のシーンから赤池が登場し、赤池の過去が掘り下げられるのか、と思ったがそうではなく、徳重との出会いのシーンも普通だった。

赤池の診療所の島でも、過去の患者についての話はあったが、何があったのかまでは詳しく描かれず、2人の過去がちゃんと明かされた訳ではない。

魚虎病院のことについても話していたが、特に重要な話はしていない。

急に診療所に駆け込んできた親子を徳重が診察する時、徳重があーんしてと言っているのに、子供は怪訝そうな顔をしたままで、徳重が、少し間が空いて、あらっと反応した感じは自然で、コミカルで良かったが。

浜辺で2人がしゃべっていた一連のシーンは臭くて冗長で、よく分からない部分もあり、大分萎えた。

徳重は、サヨコという患者を死なせたらしく、もっと話を聞けば良かった、などと言っていた。

その後徳重は、医者は求められなければ何も出来ず、自分を訪ねてきた人には話を聞き、寄り添い、包み込む、徳重、この広い海の様な、何でも受け止められる医者になれよ、と赤池に言われた、と言っていた。

サヨコという人と、もっと話がしたかった、と後悔も含みながら言うのはまだ良いが、その後の赤池の言葉を言うのは、セリフを置きに行っている感じで、誰に言っているのか、なぜ言っているのかもよく分からず、臭くて冗長だった。

赤池に言われた、という言葉の内容もありきたりで、総合診療独特の哲学なども感じられず、さもすごいことを言われたかの様に、わざわざ再現するほどのセリフではない。

赤池に言われた変なことを復唱して、あの時は弟子入りを後悔しましたよ、などという会話でもない。

海を前にして、センチメンタルな気持ちになり、うわ滑っている感じにも見える。

どうしても言いたいなら、ゆっくりと聞かすように言うのではなく、もっとさらっと短く言って、僕も湖くらいにはなれましたかね?などと会話にしたらまだ自然なのに。

赤池がもう死んでいて、こんなことを言われた、と第三者の前で表現して、赤池に思いを馳せているならまだ分かるが、赤池は目の前でピンピンしている。

それでも大分臭さはあるが。

それを聞いている赤池も、なぜか侍同士の間合いの様に、徳重の周りを回りだすのは、よく分からない。

どうしていいか分からなかったのか?

その後、赤池が、こうして海を前に立つ、ザーン、ザーンと何も聞こえなくなる、などと詩のようなセリフを突如言い出すのは、もう訳が分からない。

聞いていた徳重が、また始まった、などと呆れる様子があれば理解出来るが、徳重は真剣に赤池を見つめていた。

徳重の振る舞いもおかしいので、そんなことを言える立場ではないが。

赤池が踊るように自然の雄大さを表現し、良い音楽がかかっている感じも、もうポカンとしかしなかった。

その踊りとしゃべり自体に、圧倒される迫力なども感じない。

これが総合診療とどうつながるんだ?

感受性を豊かにしろ、ということか?

もしそうなら、そんな漠然としたメッセージを良い音楽に乗せられた所で、どうやって感動すればいいんだ?

その後、帰ろうとする赤池に、徳重は、夕日最後まで見ないんですか?と言い、赤池は、いいよ、寂しいからな、と返したが、これが今後の展開の暗喩になっているのか?

それも含めて、このシーンには何も心動かされないどころか、前衛的で青春臭い演劇を見せられているようで、きつかった。

このシーンはバッサリいらないから、もっと赤池と徳重の昔の話を掘り下げて欲しかった。

これも漫画で描かれていることなのか?

そうだとしたら、いったいどう描かれていたのか、興味はある。

最後のシーンで、徳重は赤池の隠していた病気を当て、赤池は、帰れと怒鳴るが、赤池にはもう少し粋な振る舞いをして欲しかった。

赤池が自分の病名を知らない訳がなく、徳重も当然見抜いて来ることも分かってるはずだろう。

なので、徳重が病名を言う時は、赤池も同時にバットキアリ症候群、と言い、笑って、うまく隠したつもりだったんだけどな、見事だ、とか言って欲しかった。

その後、話を聞かせて下さい、という徳重に、お前には話さない、と怒鳴れば良い。

病名を言われていきなり、帰れ、と怒鳴る感じが、何も想定してなかったのか、という、薄さを感じた。

この数日間徳重と、病気を見抜く、見抜かれない、の駆け引きをしていた訳ではなかったのか?

次回は、病院に搬送される赤池のシーンが予告にあったから、赤池の手術が行われるのか?

次がもう最終回らしく、ちょっと早い気がする。

もっと徳重が、他の医師では見抜けない、手に負えない患者を次々と治療していく様な話を見たかった。

良い話もあったが、全体ではまだまだ足りない。

「第8話-ひとを、診る人」が”つまらない☆1”理由と考察、その感想

感動先行の臭い8話

バットキアリ症候群という病気で救急搬送された赤池は、手術を受けるが、その後の治療を拒否し、それを徳重が説得する話しや、たく君のその後、院長選で外科部長の東郷が破れる話し、変わり始めた病院の雰囲気などが描かれ、このドラマもついにラストを迎えた。

冒頭から、赤池が徳重と話すことすら拒否し、徳重はどう赤池にしゃべらせるのか、一体どんな対決が待っているのか、と期待感があったが、目を見張る闘いもなく、2人の演技も臭くてあざとく、拍子抜けだった。

東郷外科部長も、悪として最後のあがきを見せる訳でもなく、見応えはなかった。

それなのに、感動させようという雰囲気だけは強く出ているので、より薄く感じ、今までで一番つまらなかった。

目的不明の、グズグズの赤池の設定

赤池は、緊張搬送されて手術を受けたが、徳重としゃべることは一切拒否する、と宣言した時にはムカついた。
徳重が赤池に手を焼いてしまえば、せっかく総合診療科がうまくいきかけているのに水を差しかねないし、なんて迷惑な奴なんだと思った。

しかし、これは徳重への最後の試験で、こんな手強い患者をお前はどうしゃべらすのか?と試してるのかもしれない、と思ったら、期待感が湧いてきた。

赤池は、自分が死ぬことを知った上で、自分の命をかけて徳重にぶつかり、何かを教えようとしているなら、面白い。

これはパワハラの一種で、理不尽だと思うが、それを凌駕した時の跳ね上がりは大きい。

まるでジャズがテーマの映画、セッションの一幕の様で、果たして徳重はどうするのか、と気になった。

しかし、全くそうではなく、行き当たりばったりでそうなっているだけの様で、拍子抜けだった。

徳重いわく、そもそも赤池は病気には気付いていなかったらしく、なんじゃそりゃ、となった。

診療所を閉めるのは、もう死期を悟ったからではなく、橋が出来て魚虎病院に島の人が行けるし、自分もそろそろゆっくりしたいから、という普通の理由だったのか?

前話のラストで、急な診療所の閉鎖や滝野へのメッセージなどで異変を感じた、という徳重のサスペンス的な推理は一体何だったんだ?

なぜそんなちゃぶ台返しをする?

自分の病気に気付かず、それを自分の弟子に指摘されて激昂した、としたら何ともダサい。

お前には話さないって、大した理由もなく言っていたんだな、と思って薄っぺらさを感じる。

病気ももちろん把握し、肝臓移植になることも知っていて、徳重の性格的にドナーになると言い出すのも見当がつくから、徳重が帰ってから一人で死のうと思っていたが、思ったより病気の進行が早く、失敗した、ということじゃなかったのか?

移植が必要な、見た目で分かるほど病気は進行していたのに全く気付かず、それが診療所を閉めるタイミングとたまたま一致しだけで、指摘されたら激昂して倒れ、なぜか黙秘を貫いた、としたら、しょうもないにもほどがある。

移植が必要だ、というのも、徳重がドナーにならざるを得ず、無茶苦茶腹が立つ。

もっと早く気付いていれば、移植は必要なかったかもしれないのに。

前話で、自然に耳を傾けろ的な大げさなダンスを踊っていたのに、自分のことは無頓着で、この体たらくか?

あのダンスも相まって、よりお馬鹿さんに見え、何も深みがない。

徳重が勝手に、赤池は病気に気付いていなかった、と言っていただけで、赤池は気付いていたのか?

徳重に詰められた時、どっかでひねったのかな、と明らかに誤魔化していた演技に見えたし、やっぱり知っていたのか?

じゃあなぜ徳重は、赤池も気付いていなかった、と院長に嘘を言ったんだ?

死のうとした、と思わせたくなかったのか?

それを回避しても、どの道良い印象ではない。

むしろ、死のうとしていた、という方が主体的で、赤池らしくて格好良いんじゃないのか?

赤池が気付いていたか否かは重要で、話は全然変わってくるのに、グズグズでよく分からない。

シンプルに、一人で死ぬつもりだったのに失敗した、という方が分かりやすいのに。

すぐ態度を変えた情けない東郷外科部長

東郷外科部長は、小児科と総合診療科の削減、コストカットを掲げて院長選に立候補したが、みんなの前で息子に質問され、戦意を喪失したのか、あっさり立候補を辞退し敗北した。

息子の康二郎も大したことを言ってないのに、言い合いなどもせずにすぐに引っ込むのがしょうもない。

院長選のあと、院長が東郷に、総合診療科設置を相談しなかったことを謝り、院長と東郷は和解した。

ここから、東郷が徳重の臓器提供を支持したり、国に総合診療に関する署名を届けたり、すっかり良い人になってしまったのがリアルでなく、物足りなくてつまらない。

ここまで、東郷は嫌な人間である、とずっと思わされてきたのに、今さら善人面されても、嘘をつけと思う。

息子に決定的なことを言われ、傷つき、自問自答し、人生を振り返り、本当に自分が間違っていたことに気付いたなら良いが、そんな描写はない。

突き放したはずの息子と真っ向からぶつかる勇気もなく、負けそうだから、という理由で早々に尻尾を巻いて逃げた卑怯者だ。

散々小児科と総合診療科を潰す、という様なことを吹聴し、実際徳重に嫌がらせをしたこともあるくらいなのに、あがくことすらせず、悪としても薄っぺらい。

味方になるのは、あがいてぶつかり合ったその後だ。

東郷は、時間をかけて幅広く見る、そういう診療は今の制度では評価されない、と言い、息子の康二郎は、その制度からこぼれ落ちた人はどうなる?優しさだけで医療は成り立たない、しかし優しさをなくしたら僕らは医者ではいられない、と訴えた。

それに付け加えて、現院長は、何かを変えることは煩わしい、何が正解かも分からない、でも私は話を続ける、面倒だからと黙ることは出来ない、力を貸して下さい、としゃべり、会場からは拍手が巻き起こった。

康二郎の言っていることはきれいごとで、院長の意見は漠然として中身がない。

何でこんな薄っぺらい意見で、東郷が負けを認めたのか全く分からない。

東郷は、それは分かるが、採算が合わなければ病院は潰れる、総合診療と小児科を続けて病院が丸ごとなくなるより、総合診療と小児科がなくても病院が残る方が、この地域の人達にとって有益だと思わないか?じゃあどうやって採算を出すのか教えて欲しい、とか返して欲しかった。

それに対して康二郎は、小児科に来てる子供の家族は、馴染みがあるこの病院の他の科も利用している、小児科の売り上げは少なくても、他の科は小児科から流れた患者の恩恵を受けている、子供は病気になりやすいので、この病院を利用する窓口になっている、だから小児科をなくしたら病院全体の売り上げも下がる、とか言えば良い。

総合診療科も同様で、実際の治療は他の科が行うことがほとんどで、今まで見つからなかった病気が見つかることで、他の科の治療件数が増え、全体の売り上げは上がっている、これが評判になって軌道に乗れば、より全体の売り上げは上がるし、患者の満足度も上がる、むしろ一番なくしてはいけない部署だ、とか。

院長は、ざっくり言うと、総合診療は始まったばかりだけど頑張ります、としか言ってないので、わざわざしゃべる必要がなかった。

総合診療とも、小児科とも言ってないので、何について言ってるかもフワッとしてるし、だから具体的にどうするんだ?ということは何も言っていない。

院長は、患者の満足度が上がっているのに、採算が取れない制度がおかしいので、国に掛け合って総合診療科の点数を高くしてもらう、日本で総合診療科のある病院は少なく、この地域ではここだけで、通常の魚虎病院の患者の居住地域よりも遠くから患者が来ることが予想され、患者数はおのずと増えていくはず、もちろん、小児科との連携も欠かせない、とか具体的に言って欲しかった。

実際にこの後、総合診療に関する署名を国に提出した訳だろう?

採算が取れないからなくすのではなく、必要だから採算を取れる様にしようとしている、マスコミも使って何でもする、だから皆さん力を貸して下さい、などと言って頭を下げるなら、まだ分かる。

東郷は、ここまで言われた訳ではないのに、なぜか何となくの雰囲気だけで負けを認めたのは、キャラクターに合わなくないか?

この後は拍手喝采で、立候補を辞退した東郷に院長が駆け寄ると、みっともない、と息子に噛みつかれたことを嘆き、院長が総合診療科設立の件を相談しなかったことを謝ると、東郷は、もういいよ、と許してくれた。

お金を集めるから、と言う院長に、東郷は、妖怪銭集め?などと冗談を言い、昔の仲に戻り、その後は、徳重の生体移植や国への総合診療に関する陳情にも協力してくれた。

この男には、何もプライドがないのか?

みっともないのは、噛みついてきた息子にちゃんとぶつからずに逃げたことで、噛みつかれたこと自体ではない。

散々目の敵にしてきた院長もあっさり許して冗談を言ってしまうあたりが、今まで何だったんだ、と思う。

昔の同期に、相談なしに新しい科を作られたことを根に持っていただけか?

自分なりに病院を良くしようと思っていた訳ではなかったのか?

もういいよ、と言っていたが、息子に言われたことを噛み締めて反省し、俺も悪かった、と謝った訳でもないので、潔くもない。

そして、今まで悪で来たんだから、徳重の生体移植について発表する時も、何で俺が発表するんだ、とか、政府への陳情も、俺が来なくても良いだろう、とか、文句を言ってしぶしぶ手伝っている、くらいの意地を張ってほしかった。

なので、この一連の東郷の振る舞いは、悪として薄っぺらく、話しを面白くする要素にはなり得ていない。

闘いがなく、あざとくて臭い2人の会話

手術後の治療を拒否し、移植がなければ余命1ヶ月だ、と言われた赤池は、問診まで黙秘を続けたが、徳重に自分の肝臓を移植することを提案され、ようやく語り始めた。

徳重はとんでもない奇策を提案しているので、赤池はしゃべらざるを得ないのは分かる。

しかし、赤池の話しが薄っぺらく、こんなこと、お前に話したくなかった、と言っていたが、大したことは何も言っていないので、これが黙秘の理由か?と思ったら大分萎えた。

あがいてあがいて、夜の海にぼんやり光るような物を目指して、一人で道なき道を切り開いてきた、他の医師から見放されるようなことも言われ、つかんでもこぼれ落ちる途方もない夢にがむしゃらにしがみついてきた、それが今も正しいことなのか分からない、そうだ。

具体的でなく、中身がない自己陶酔的な話で、こんなつまらない話は言いたくなかった、という意味では確かに正しいかもしれないが。

具体例もほぼなく、そんな壮絶だったのか、なんて何も思わない、頑張りましたね、一言で終わるレベルの話しだ。

実は自分の診察ミスで自分の子供を亡くしている、妻とは死別し、救えなかった人達の顔が今でも毎日浮かび、苦しんでいる、とかでもない。

赤ひげでも何でもなく、償いの日々を送っているだけ、自分が生きてていいのか?と今も苛まれ、誤魔化しながら生きている、それからもう解放されると思うと楽だ、とかなら、言いたくないのもまだ分かる。

赤池の主張は、自分の肝臓を移植する、という徳重の提案を全否定するための反論としても、あまりにも弱すぎる。

孤独の辛さを訴えるのは情けないし、まだ正しいことか分からない、というのは未練たっぷりじゃないか?

苦しかったが、今は、お前という立派な総合診療医がいるから思い残すことは何もない、安心して旅立てる、とか、笑って晴れ晴れと言って欲しかった。

それなら徳重に、説得するのは難しい、これは手ごわい、と思わせられたかもしれない。

そこからさらに徳重が粘って、まくっていくから面白い会話になるのに、赤池の初手が大分弱い。

徳重は、赤池が畑に種を蒔いたり、滝野にアドバイスしていたことから、死ぬことを想定していなかった、死にたくはない、と見抜き、そこを攻めていった。

徳重は、目の前に助けて欲しい患者がいる、と言い、赤池は何も言わなかったが、ここは猛反論すべき所だ。

なぜなら、受け入れてしまったら、教え子が肝臓を切ることになってしまうんだから、何としても阻止せねば。

助けて欲しくなんてない、種をまいたのはお前を騙すため、滝野の質問に答えたのは単純な好奇心だ、生きたいからじゃない、お前はうわべしか見てない、とか、とにかく反論せねばいけない。

そうではなく、徳重の言っていることを黙って聞いてしまっているのが、もう目的が分からない。

本当は生きたい、という気持ちがあっても、それを隠して押し通そうとするから粋なのに、冒頭から大分徳重に押されている。

その後徳重は、なぜ諦めようとしてるのか?先生を信じて追いかけてきた、総合診療科は始まったばかり、見届けましょう、正しかったのか間違っていたのか、どちらでも背負う覚悟です、と伝え、赤池はようやく提案を受け入れた。

良いことを言っているが、大分遠回しで、徳重の意見を突っぱねようと思っている人にとったら、弱い意見だ。

赤池はもうそんな気がなく、聞いちゃっているので、これでも通用してしまうんだろう。

だから、俺はもうお前に託したって言ってるだろう、と怒って強く言われたらどうするんだ?

受け入れちゃダメな闘いをしてるんだから、そのくらい言うはずなのに、赤池はふにゃふにゃで、徳重の口撃も甘い。

お互いこんなゆるい感じで、肝臓を切られる、もらうことに抵抗ないのか?

例えば、無責任ですね、僕はまだ未熟だし、総合診療はこれからって時に逃げるんですか?ちゃんと見届けて下さい、くらい言って欲しかった。

まだ助かる道があるのに放棄する訳にはいかない、それを認めたら僕は医者ではなくなる、それを教えてくれたのはあなたですよ?とか。

あなたは、僕から医者としての尊厳を奪って死んでいくんですか?そんなこと許さない、あなたには生きてもらう、魚虎には僕がいる、逃げられませんよ、とか、分からないけど、もっと強い言葉を赤池にぶつけて欲しかった。

そして、この一連の赤池を説得する徳重のセリフ回しが非常にゆっくりで間延びして冗長で、泣かんばかりに言っているのも相まって、臭くて見ていられなかった。

せっかく良い味はあっても、言おう言おうと強く意識しすぎるとダメなんだ、というのが改めてよく分かった。

聞かすようにしゃべるのは良いが、あまりに溜め過ぎで自然ではない。

ゆっくり言い過ぎて、何を言っているのかも分かりづらい。

泣かんばかりに言うのも、赤池と熱い会話の攻防戦を乗り越えて、思わず込み上げてくるなら分かるが、そういった闘いはしていないので、ゆるくてうすら寒い。

赤池は、最初じっとにらむように聞いているのはまだ良いが、後半心が動く感じの顔の表情や演技があざとく、嘘くさくて何も入ってこなかった。

徳重に、総合診療科はようやく始まったばかりじゃないですか、と言われて、体をのけぞらせ、少し引きつった顔になるのも目的が分からず、邪魔なだけだ。

後半ずっと、何か感じましたよ、という表面的な演技で、本当に心動かされているようには全く見えなかった。

言ってしまえば、何も感じていないのに、外側だけを動かす素人演技で、見るに堪えない。

最初のじっと睨んでいる険しい顔のまま、涙だけ流れたり、目を瞑ったりするとか、そんなシンプルな方がまだ良い。

2人がお互いの本音をぶつけて言い合う、というリアルで熱いラリーがそもそもないので、それで気持ちだけ作ろうとするのは、無理があるのは当然だ。

演技などせずに、ただ言い合えば良かったのに。

それでも赤池には徳重の言葉は響いたらしく、泣いて、ホントにいいのか?と言っていた。

それもなんか軽い。

ホントにいいのか?という言い方が、徳重を気づかった、というより、あわよくば、みたいな感じにも聞こえる。

ホントに良いに決まっている体で徳重は話してたのに。

ここも、険しい顔でずっと目を瞑っていて何も言わず、その代わりたくさん働いてもらいますよ?と徳重に言われても、泣いている状態で目をつむったまま、うんうん、とうなずく、くらいでいいんじゃないのか?

なのでこのシーンは、2人の演技も今ひとつで、臭くて感動出来なかった。

これを後ろで見ていた滝野も泣いちゃってるので、もうなんだかなぁという感じだった。

ちなみに、その後、徳重は入院する時に患者の着る服に着替え、ちょっと笑いながら、こんな感じか、と言っていたのは徳重らしくて良い。

手術される直前まで、怖がるどころがむしろ楽しんでいる感じが、良い意味で変態チックで、味があって良かった。

本当に、自分の肝臓を切ることに何の躊躇もしていない感じだ。

最後は、徳重がミュージカル風に総合診療についてしゃべり、終わっていった。

この回は、肝心の赤池の設定や振る舞いがグズグズで、中身のない感動話になっており、最後の徳重の一人語りも含め、これは政府が作った、総合診療の紹介ドラマかと思ってしまった。

ドラマ「19番目のカルテ」を見終えて

漫画が原作のこの医療ドラマもついに終わった。

所々良いシーンや悪くない回もあったものの、全体としては物足りなかった。

ラスト2話は大分尻すぼみだ。

1話、2話と上がっていったので期待感があったが、その勢いに乗ることなく、低空飛行をしながら下がっていった。

騙された、と言うと大げさだが、その期待感は幻想だったのかもしれない。

映像のキレイさや、病院の雰囲気のリアルさ、ポテンシャルの高い役者達など、舞台は整っているのに、今ひとつ突き抜けない。

突き抜けないどころか、間違った方向に行っている部分も多々ある。

せっかく良い場面はあっても、これでは、全話通して見るのは結構しんどいし、良かった印象も大分薄まってしまう。

映像のキレイさ、感動させる音楽、など、そこに注ぐ力を、人物描写に注ぎ込めば良いだけだと思ってしまうが、そんなに難しいことなのか?

エンディングの曲も悪くないのに。

分業制だから、それぞれの仕事の質にムラがあるのは当然で、それは統一出来ないのか?

その演出は、一番の肝の仕事だと思うが、誰か一人のせいなのか?

今まで何回か述べてきた様に、最終話に関してもそうだが、中身がない会話で一丁前に感動させようとしているシーンがちらほらあるので、なぜそこを怠るのか分からない。

ここは感動するシーンにしよう、とまず外側を決めて、中のセリフはこの程度だろう、こんなもんか、と後付けで会話をちょろちょろっと決めているのか?

もしそうなら、薄っぺらくなるのは当然だ。

それとも、漫画に忠実な脚本で、実写にしたら違和感が出てしまったが、誰もそれに気付かなかっただけなのか?

いずれにせよ、中身がないのに深い風で、外側だけ見栄えを良く仕立てられた話しは、本当に萎える。

このドラマに限ったことじゃないが。

主人公の徳重は、しゃべりやたたずまいに味があるのに、変に意識してしゃべっている時は、あざとくなってしまう。

あんまり力が入っていない時の方が魅力的だ。

役者本人の中で、ここは重要だ、と判断し、意識が強くなると力が入るのか?

そう判断しても、あえて抜くとかは出来ないのか?

それが出来ないなら、もう素人と同じだ。

後半は臭さに大分持っていかれているし、せっかく良いポテンシャルがあるのに、生かしきれていない。

徳重の相棒の滝野は、演技っぽい感じはほぼ感じず、感情があるし、若いのに味もあるのでとても良い。

ナチュラルお化けというか、なぜここまで、隅々まで感情がちゃんとあるのか不思議で、それが自然に使えてもいる珍しい人だ。

ただナチュラルなだけでなく、ヒステリックにならずに、強い言葉を相手にぶつけるケンカもでき、見せれる顔のの幅も広い。

普通はどっちかだけだったりするのに。

普通の日本人が感情を隠し過ぎで、そもそも感情表現が出来なさ過ぎるので、全ての役者が滝野くらいのポテンシャルを秘めていて欲しいとは思う。

この滝野ですら、物足りなかったり、ズレているように見える部分は、完全に脚本や演出の問題だと思う。

徳重の周りの医師たちは、そこまで魅力的ではないが、演技のポテンシャルは高かった。

心臓血管外科医の茶屋坂はそれなりに存在感があるし、整形外科部長の成海はリアルにムカつくし、院長の息子の外科医の東郷も、こんなツンとした雰囲気の医者はいそうだし、麻酔科医の大須や耳鼻咽喉科の平手はナチュラルな振る舞いで良く、小児科医の有松はちゃきちゃきした感じがリアルで、精神科医の天白は独特な味がある。

あまり露出は少ないが、内科科長の名和も自然な雰囲気がある。

内科医の鹿山は、人物描写に魅力はなくても、演技自体はリアルだ。

脇役の医師達は、深い人間は特にいないが、物語を邪魔するような特にあざとい人もいない。

なので、徳重と赤池の感じが秀逸なら、彼らはより光ったんじゃないのか?

このドラマは、総合診療医がテーマのドラマだが、総合診療医自体に関してもう少し教えて欲しかった。

どうやったらなれるのか、どの科を卒業しても良いのか、自己申告で勝手になれるのか、など不明だ。

そういう意味で、少し不丁寧な気はする。

このドラマを見終わって、今は特に原作の漫画が読みたい、とは思わない。

漫画は面白いのかもしれないが、もし徳重と赤池の関係が、このドラマのように臭かったらどうしようと思って、少し怖くなった。

きっと別物なんだろうが、ドラマを観ているうちに、少し冷めてしまった。

気が向いたら見てみようと思う。

1、2、5、6話は、もっと面白くなった部分はあるが、良いシーンもあり、見ていられる話なので、全8話と考えると半分だ。

なので、最近の日曜劇場にしてはマシ、もしくはこれでも一番良いくらいかもしれない。

これを前進と言って良いのかよく分からないが、ポテンシャルがある分、色々ともったいなかった。

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