映画「呪術廻戦 0(2021)」が”物足りない”理由と考察、その感想

④物足りない☆2

劇場版 呪術廻戦 0  英題:Jujutsu Kaisen0 The Movie

監督-李性厚 2021年 105分 日本

脚本-瀬古浩司

出演(声)-緒方恵美、花澤香菜、小松未可子、内山昂輝、関智一、中村悠一、櫻井孝宏、山寺宏一、津田健次郎、他

映画「劇場版 呪術廻戦 0」のあらすじ

高校生の乙骨憂太は、幼い頃に仲の良かった同級生の里香を事故で亡くしてから、里香の怨霊に取り憑かれ、そのせいで自分の周りの人間を意図せず傷つけてしまうことに悩まされてきた。

ある日、自分をいじめようとする同級生4人をロッカーに閉じ込め、重傷を負わせてしまう。

事態を重く見た呪術界は乙骨の秘匿死刑を決めるが、東京都立呪術高等専門学校の教師、五条悟が、自分の生徒として預かることを提案する。

呪術高専に編入した乙骨は、現代最強の術師と呼ばれる五条悟や、同級生の術師達から呪術を教わり、任務をこなしながら力の使い方を学んでいく。

学校生活にも慣れ、徐々に明るさを取り戻しつつある乙骨の前に、五条悟の同級生で、最悪の呪詛師と呼ばれる夏油傑が現れ、術師以外を抹殺するための大規模テロ、百鬼夜行を渋谷で行うことを宣言するのだった。

“物足りない☆2″理由と考察、その感想

ダイジェスト版的な前日譚

呪術廻戦の前日譚として、本編の主人公、虎杖悠仁の先輩である乙骨憂太が呪術高専に入り、自分の過去と向き合いながら呪術師として訓練を重ね、非術師の殲滅を目論む夏油傑との対決が描かれている。

自分は呪術廻戦は漫画もアニメも嫌いじゃないので、乙骨憂太の過去がどんなものか興味があり、見てみた。

この作品は、呪術廻戦のアニメが好きな多くの人にとっては興味深い、期待感のある作品だったのかもしれない。

しかし、乙骨と里香との関係性の描写や、里香の力を借りて戦うアクションシーンなど、悪くない部分はあっても、全体としては比較的あっさりした作品で、重要なストーリーが掘り下げられておらず、まるでダイジェスト版のように感じた。

乙骨が今までどんなことに悩んできたのか、高専に入ってどんな部分が肉体的にも精神的にも成長したのかが表層的にしか描かれておらず、もったいない。

また、百鬼夜行というまがまがしいテロ行為も、高専側と夏油側の戦いに、目を見張るほどのアクションシーンもドラマもない。

乙骨憂太という人間をダイジェスト的に知る分には、いわゆるタイパの良い作品かもしれないが、熱いドラマを感じることは出来なかった。

この作品は、呪術というものを使った独特な戦い方、そのアクションの見せ方、化け物の気持ち悪さなど、アクションアニメとして成立してしまうパワーを持ち合わせているがゆえに、もし乙骨のドラマ部分に濃いものがあれば、大分面白くなっただろうと思う。

あまり闇が感じられず、成長も描かれない乙骨

乙骨は、幼い頃に仲の良かった友人を目の前で亡くし、意図せず同級生や他人を傷つけてしまう、という壮絶な過去を背負っているにも関わらず、入学当初こそ暗かったものの、基本的に素直で真面目で、さほど闇は感じられない。

五条に一人は寂しいと説得され、真希に祓いまくれ、と鼓舞され、先輩達に揉まれながら前向きになっていったのは分かるが、心体ともに成長していく過程は詳しくは描かれていない。

序盤で真希の任務に同行し、呪霊の腹の中で真希に叱咤され、里香を呼び出して真希と子供を助けた時点で、もう乙骨の弱かった精神の成長は、ほとんど終わっているように見えた。

そうだとしたら、ここに至るまでに、乙骨を任務に何度も連れて行くが足手まといになるだけで先輩たちを危険にさらし、里香を出すことも出来ず苦悩する、などの描写が欲しかった。

その後、校庭で真希と訓練している時点で、もう3ヶ月たち、大分動けるようになった、前向きになった、とパンダに言われていて、この3ヶ月の出来事はほぼカットされている。

そして、狗巻棘の任務に同行した時には、空中に高くジャンプし、狗巻も苦戦した呪霊とそれなりに戦えていて、なぜこんなにも体術がすぐに常人離れしたのかもよく分からない。

本編の虎杖悠仁であれば、そもそも常人離れした運動神経の持ち主なので、成長が早くても分かるが、乙骨の運動神経は不明、もしくは運動は苦手そうなので、不思議である。

その次の戦いはもう夏油との決戦で、里香とタッグを組んで格闘出来るわ、高等とされている呪術の反転術式や呪言は使うわ、虎杖が苦戦して身につけた黒閃は繰り出すわで、急に強くなりすぎな印象を受ける。

五条や先輩達の教え方が良い、プラス里香と過ごしてきたおかげで乙骨に天才的な学習能力があるのか、そこら辺は全く描かれていない。

もし天才だったとしても、揉まれて覚醒していったにせよ、ここまで強くなるドラマを描いて欲しかった。

天才なら、先輩達が驚いている描写や、努力を重ねたならその紆余曲折の描写があれば、乙骨という人間も良くわかり、夏油との決戦もより熱いものに感じられたと思う。

夏油に対して、同級生を踏みにじられたことで、強烈な怒りを見せるが、なぜそこまで乙骨が彼らに思い入れがあるのか、ということも描かれていない。

真希や棘と任務を共にし、真希に怒られ、パンダや棘には優しくされて、みんなで訓練してきた、仲間だから、だけでは弱い。

もっと、任務や学生生活を通して、互いに守り守られ、時に厳しくされ弱音を吐いたり、失敗もするが包みこんでくれて、時には意見が対立してケンカになったり、などという絆のあるチーム感的ドラマが欲しい。

時間が長くなっても良いから、乙骨という闇を抱えた、肉体的にも精神的にも強くない青年が、いかに心体共に強くなっていくのかが見たかった。

気持ちも体も常人より強靭な虎杖悠仁よりも、その成長過程を描くのは、はるかに人物描写も難しいし、時間もかかる可能性もある。

しかし、せっかく描くのであれば、あってしかるべきだ。

仮に実際には強くなるまでに紆余曲折あったとしても、作品としてはトントン拍子で、気づいたらめちゃくちゃ強いので、ポカンとしてしまう。

里香を呼び出すことは自由に出来るようになっても、暴走させてしまい、五条や先輩達がヒヤヒヤする、というような訓練の描写があっても良かった。

里香は、高専の生徒たちを認識して攻撃はしなくなったが、なぜか真希を女としてライバル視している、などという描写があっても面白い。

そんな練習風景も含め、もっと乙骨の成長過程をしっかりと描いて欲しかった。

前日譚という名の、乙骨憂太の活躍ダイジェストになってしまっているので、もったいない。

乙骨と里香の関係は面白い

夏油が百鬼夜行をおとりにしてまで手に入れたいほどの、無限の呪力で圧倒的な強さを持つ、醜く恐ろしい見た目の怪物の里香が、一見弱々しく見える乙骨には従順である、という関係性は面白い。

こんな怪物が、憂太をいじめるなと、守ろうとする感じは心惹かれる。

乙骨が助けた真希に嫉妬して、お前ばっかり、と真希を揺さぶる里香を、乙骨が静かに怖い言い方で制する場面も良い。

その人は大事な恩人だ、蝶よりも花よりも丁重に扱え、という乙骨のセリフと言い方に、怒りを超えた狂気を感じるし、それに対して、嫌いにならないで、と泣きながら訴える里香は可愛らしい。

自分としては、里香の声は女性的でそこまで怖くないので、もっと野太くドスの効いた怖い声だったらより良かったと思う。

よくニュースなどで、音声を変えられた低い男性の声があるが、それくらい迫力がある方が、実は可愛い女性だった、ということによりギャップが出て面白かったと思う。

乙骨が里香を呼ぶと、なぁ〜に〜と優しく応じる感じもより異様な感じが出るんじゃないか?

そんな里香に、乙骨が自分の命を捧げ、里香が覚醒する描写は涙腺が揺さぶられた。

最終的には、里香が乙骨を呪っていたのではなく、乙骨が里香に呪いをかけていた、というどんでん返しも面白い。

それを知って、全部僕のせいだ、と自分を責める乙骨を、生前の姿の里香が、生きている時より幸せだった、と優しく語りかけるシーンも涙腺を刺激される。

色んな人を傷つけてしまったのも、きっと乙骨が呪いをかけてしまったからで、生前の里香の意思ではないんだろう。

なので、乙骨と里香の関係性は良いので、乙骨が過去に起こしてしまった里香絡みの事件も、一つだけではなく何件か描いて欲しかったと思う。

乙骨に危害を加えようとした連中がどんな奴なのか、里香はやりすぎたのか、やりすぎてない時もあるのか、その時の乙骨はどう感じたのか、などが分かれば、より深いドラマになっていただろうと思う。

里香が生きている時の乙骨とのドラマにもスパイスが欲しかった。

里香と病院で出会い、仲良くなったのは分かるが、他の人が乙骨をいじめるのに、里香だけはその時から守ろうとしてくれた、などのエピソードがあれば、より涙腺は刺激された。

仲良くなって、結婚の約束をしただけでは物足りない。

なので両者の関係性は良いのに、踏み込んだドラマはなく、これもダイジェスト版のような描き方になってしまっている。

もっと見たかった乙骨vs夏油

ちなみに、最終的に里香にやられた夏油の化身玉藻前(けしんたまものまえ)という特級呪霊と、4400体以上の呪霊を合体させた渦巻きの威力がどれほどかは不明だった。

辺り一面に大きな穴が開く程なので、相当ではあるのだろうが、五条のムラサキくらいの威力があるのか?

もしそうだとしたら、4400体もいるのに、少し弱いんじゃないかとは思う。

里香の放った攻撃は、そのムラサキを打ち返してしまうほどの威力なのか?

いずれにせよ跳ね返した里香はとんでもなく強いのは間違いないだろうが、あの大きな穴の描写がなければ、夏油と乙骨の戦いの凄さが分からないので、もう少し戦い自体にスケール感を感じたかった。

お互い力が拮抗した強い者同士の戦いは、案外地味であるという側面はあるだろうが。

夏油は真希と狗巻とパンダには勝ったが、乙骨には結構あっさり負けてしまった感もあるので、もう少し長く、しつこい戦いの描写でも良かった気がする。

そして、化身玉藻前という呪霊はどんな能力があるのか、というのが披露されなかったのは残念だ。

日本人形の様な風体で、これが強いとは、どんな戦い方をするのか気になる。

なので、この呪霊と戦わせてから渦巻きを撃っても良かったんじゃないか?

もしくは、他の術師が、化身玉藻前に歯が立たない、という描写があっても乙骨の強さはより分かりやすくなる。

渦巻きと一緒に里香にやられる、というのはもったいない気がする。

ブラフを隠した百鬼夜行の方が良かった

夏油が予告した大規模テロである百鬼夜行は、ブラフであることをバラさないほうが面白くなったと思う。

夏油はこれが乙骨を孤立させるためと事前に仲間達に語っていた。

夏油の真意をバラさないまま、こっちを百鬼夜行に釘付けにした後、実は乙骨が狙いだった、とリアルタイムでバラした方が跳ね上がったはずだ。

見ているこっちも騙して欲しかった。

五条はすぐに夏油の真意に気づいて、棘とパンダを乙骨の元に送ってしまっている。

一通り百鬼夜行で夏油側vs高専側のハラハラの戦いがあり、その後に五条には気づいて欲しかった。

そのためには、ミゲルの言っている通り、夏油の影武者でも作るなりなんなりして、とにかく五条を騙す必要がある。

影武者がすぐに六眼で見抜かれるなら、夏油が瞬間移動出来る能力を何とかして確保しておくとか、夏油がいなくてもそれを考えさせる隙を与えないくらいの猛攻を仕掛ける、とかがなければいけない。

冥冥や七海、東京の高専関係者、京都校の高専生などの活躍が描かれ、高専関係者は殺されたり、怪我をしている人達もいたが、全体としてそこまで苦戦してはいない。

メインのミゲル戦は、五条の強さや華麗な立ち回りが見れるのは良いが、五条はミゲルを圧倒していて、こっちが思わず息を呑むほどの戦闘の展開はない。

なので、百鬼夜行のアクションシーンは、事前に真意をバラそうがバラさまいが、少し物足りないと言える。

これが乙骨が主人公の作品であることを忘れさせるほど、百鬼夜行自体に怖さや恐ろしさ、おぞましさなどが渦巻いていて欲しかった。

なので、百鬼夜行はこの作品にとっておまけ的な扱いの感じもして、もったいない。

夏油もあまりに稚拙な作戦を立ててしまったと思う。

ブラフと感づかさせないために、それこそミゲルに加え、特級の呪霊を2体くらい放っても良かったんじゃないか?

夏油は特級呪霊を16体も持っているらしいし。

自分がいないことと、乙骨の過去を突き合わせてすぐに狙いに気づかれた、というのは、初歩的で大きなミスだと思う。

羂索の様に、長く生きている訳ではないから、大した策士ではないのか?

もっと時間が長くなってもいいから、百鬼夜行も見応えがあるものにして欲しかった。

あくまでスピンオフの域を出ない

この作品は、何度も言っているように、乙骨の人生のダイジェスト版的な作品で、深いドラマがある訳ではない。

ドラマだけでなく、乙骨が使えるようになっている反転術式や黒閃、ミゲルがどんな術師なのか、五条が最後に夏油にかけた言葉、などについて特に説明もなく、あくまで本編に興味を持たせるためのつなぎである印象を受ける。

しかし、アニメとしては、絵や動き、声優もそれなりで、棒読みで浮いた声優などはもちろんおらず、乙骨の声の演技も良い。

弱々しい感じから、キレて叫ぶようにしゃべる感じも独特の乙骨らしさがあって悪くない。

なよっとした感じもありつつ、怒る時もしっかり感情が出ていて、振り幅があって良い。

死んじゃダメだ、と里香の事故時に自分に言い聞かせる感じは、エヴァンゲリオンの碇シンジにそっくりだが、それはインスパイアされたものとしてご愛嬌だろう。

真希の強い態度の演技も悪くない。

ドラマは足りなくても、アクションアニメなので、声優が盤石で、絵がそれなりでアクションも描かれていれば、ある程度は成立してしまう。

それがゆえに、この作品は呪術廻戦ファンに向けた特典、あくまでスピンオフという域を超えず、世界を変えるために渾身の力を込めて描いた映画であるか、と問われると残念ながらそうではない。

呪術廻戦を全く知らない、興味がない大人を本編に引きずり込むほどのパワーは感じられない

もちろん、これを作るのも大変で、実写でまともなアクションがほとんど描けない日本映画にとってはこういうアクションアニメ作品が光であることに変わりはないが。

せっかく映画を作るんだから、メディアミックスの一つとして作りました、という姿勢を超えて、昇華させて欲しかった。

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