映画「フェンス(2016)」を”観て損はない”理由と考察、その感想

③観て損はない☆3

フェンス 英題:Fences

監督-デンゼル・ワシントン 2016年 139分 アメリカ

脚本-オーガスト・ウィルソン

出演-デンゼル・ワシントン、ヴィオラ・デイヴィス、スティーブン・ヘンダーソン、ジョヴァン・アデポ、ラッセル・ホーンズビー、ミケルティ・ウィリアムソン、他

映画「フェンス」のあらすじ

1950年代のアメリカ、元有名な野球選手で、現在はゴミ収集員として生計を立てるトロイ・マキシムは、アメリカンフットボール選手を目指す息子のコーリーと妻と、三人で暮らしている。

暮らしは裕福ではないが、トロイは妻やコーリーを愛し、この生活に誇りを持って日々を過ごしている。

ある日、息子がスポーツ選手を目指していることをよく思っていないトロイは、勝手に大学からのコーリーへのスカウトを断ってしまい、コーリーと衝突してしまう。

自分の経験から、黒人はどんなに才能があっても差別され活躍できない、と思っているトロイは、妻から説得されてもその考えを変えようとはしない。

トロイとコーリーの関係が悪化していく中、トロイの浮気が発覚し、妻は激怒するのだった。

“観て損はない☆3″理由と考察、その感想

デンゼルのパラハラ頑固親父の好演、コーリーの大きな壁

このデンゼルの役は、彼がよく演じる正義系の役と相反して、自分の論理に合致しないことは何も認めない、自分に服従するまで家族を罵倒し続ける、というパラハラ頑固親父を演じている。

これが腹が立つが見応えがある。

パラハラやモラハラなんて言葉は最近出来た言葉で、要するに昔ながらの昭和の父親、という感じだ。

その世代の父親像を知らない人には、ただただ怖い人だろう。

自分にとっても怖く感じた所はあるし、大分腹が立ったが。

日本の父親と違うところは、機嫌が良い時も怒っている時もとにかくよく喋るということだ。

なので、交渉力と交渉材料がしっかりあれば、説き伏せて攻略出来なくなさそうでもない。

日本の頑固親父みたいにそもそも話すら聞いてくれない、というわけではなく、ある意味オープンな頑固親父ではある。

しかし、もしトロイが自分の父親なら、やっかいだなとは思う。

息子のコーリーの大学からのフットボールのスカウトを家の手伝いと勉強をさせるためにトロイが勝手に断り、怒ったコーリーがヘルメットを投げつけ、トロイがコーリーに説教する場面など、実に腹が立つ。

こっち来いと言われた時は、殴られるのかと思った。

腹が立つし、怖い。

何を言うのかと思えば、お前はワンアウトとだと強い警告をするだけで、俺に逆らうな、と威圧しているだけだ。

黒人は差別されるからスポーツなどせずに地に足をつけた職業を選べ、という主張は、奥さんに「もう時代が変わってる」と言われても、一向に変わる気配などない。

人種差別が当たり前で先が見えない当時の黒人からしたら、そう考えるのはさほどおかしくない考えかもしれないが。

それでもチャレンジすらさせないのは、あまりに安易で理不尽だ。

こうなったら、圧倒的な実力を見せつけ、結果を目の前に叩きつけること以外にはトロイを納得させられない

もしかしたらそれでも文句を言ってくるかもしれない。

まさに嫌われる父親の代表のような性格だ。

家族のためと言い、確かに良かれと思ってやってるんだろうが、基本的には自分のためで、エゴの塊だ。

自分が養っている息子とはいえ、人間として対等に扱わないにも程がある。

そして最終的には、「文句があるなら出ていけ」と言い、父親が子供に絶対言ってはいけない、権力を振りかざした、経済力の差によるマウントを取ってくる。

それを言われたら、当然大多数の子供は何も言えなくなる。

こういう時に、子供としては「分かった出てく」と言えない、まだ自立出来ていない悔しさを強烈に感じるだろう。

言われた方は一生忘れない。

話の論点をずらして、違う所で勝っている部分で強引に上から押さえつけたことを。

ナイフを首元に押し付け、殺されたくなかったら言うことを聞け、と言ってるのと同じことだ。

だから子供としては、分かった、出てくと顔色変えずに即答して、「出てくけどあなたは間違ってる」と、そこで終わらさずにまた議論を続けるのが一番効果的だと思う。

「話しが終わったら出てく」と言って延々と話を続けてやれば良い、何日も何ヶ月も。

向こうが話を終わらそうとしたら、まだ終わってない、逃げるなと言って話を延長し続ける。

さすがにトロイも根負けするんじゃないか?

だけど、そんなこと子供時代にできる勇気も会話力もないから、ただ服従するだけという形を取らざるを得ない。

本当は、出ていく当てなんてなくても、出ていってしまった方がどれだけ楽かと思うが。

そういう意味でも、子供は早くから自立できる術を身に着けておかなければ、いつまでたっても父親の奴隷のままだ。

トロイの経験は紛れもない真実だろうが、それが世界の全てだと信じて疑わないことが浅すぎる。

自分が成功しなかったのは黒人だからではなく、実力がなかったからだ、と思う勇気もない臆病者だ。

こんな凝り固まった父親は、日本でも昭和にはありふれていただろうと思う。

これは紛れもなくタイトル通りの、コーリーにとって越えられない大きなフェンスだが、コーリーはコーリーで、隠れてやってしまうか、もしくは有無を言わせない結果を叩きつけるしかなかった。

散々罵倒されて夢を諦めるのは、正直そこまでやりたくなかった、とも言える。

「父さんと一緒にしないでくれ、黒人差別なんか跳ね返すくらいのすごい活躍を俺はしてやる」と笑いながら言えるくらいの自信も、熱意もなければこの親父には勝てないし、そんな程度では、きっとフットボールでも超一流にはなれないだろうと思う。

だけど、そんな年齢でそれほどの自信がある高校生などほとんどいないから、大抵の子供はトロイに潰されてしまうんだろうが。

とにもかくにも、そんな腹が立つ頑固親父も演じられるんだから、デンゼルは幅が広い俳優だと思う。

デンゼル・ワシントン好きには必見の一本だと思う。

奥さんのど迫力の魂の叫び

トロイは強烈だが、奥さんのローズも負けてはいない。

コーリーを認めてやって欲しいと、言うことは言っているし、トロイに浮気された時の反論が実に良かった。

自分には夢もあったが、それをトロイに埋め込んだ、岩だらけで芽が出ないと分かっていたが、それでも種を埋めた、それなのにあなたは裏切った、など、奥さん視点の秘めた思いが詩的なセリフに凝縮されている。

そのセリフを格好つけるわけでもなく、泣きながら鼻水が出ながら、強烈にトロイにぶつけるシーンは、映画史に残る名シーンだと思う。

トロイの奥さんという立場だけでなく、この世の全ての妻の声を代弁しているかのような魂の叫びで、非常に涙腺を刺激された。

はたから見たら、裕福ではないごく普通の家庭で、地位も名誉も持ち合わせてはいないが、フタを開けてみれば、こんなにも深い心情を心に秘めて生きている人がいる。

もしかしたら、世の普通の奥さんは、みんなそう思っているんじゃないか、と思うと人に対する見方が変わる。

ローズは普通の主婦だが、紛れもなく一般人に紛れた偉人だ。

トロイが作った赤ちゃんを、複雑な思いを全て飲み込み、自分の子供として受け入れるシーンも良い。

この作品では、この奥さんの立ち振る舞いに心動かされる。

なので、この映画の主人公は、トロイ・マキシムではなく、ローズだと思う。

浮気に対して気持ちをぶつけるシーンを見るだけでも、この映画を見る価値は十分すぎるほどある。

一方そんなことを言われたトロイは、大して心動かされている、猛省している感じでもないので、もう手の施しようがない。

泣いてもいいくらいのことなのに、まだ自分の情けなさを受け入れられていなかった。

頑固親父とダメ親父がごっちゃになっている

この作品では、デンゼルが頑固親父を好演しているが、浮気をしていてそれを正当化している所で非常に冷めた。

せめて魔が差したんだ、悪かった、と焦っていて欲しかった。

18年間一塁にいたけど、浮気をして2塁に盗塁できる気がしたんだ、などと訳の分からない事を堂々と言って、悪びれる様子もなく、これからも関係は続けるって、そんなやつだったか?と思う。

キャラクターが変わっているようにも見え、頑固親父というか、ただのおバカさんなのかなと感じ、白けた感じになってしまった。

デンゼルが演じるべき頑固親父ではない要素が混じってしまい、ぶれてしまった気がする。

浮気の要素も入れたいなら、もっとちゃらんぽらん的な雰囲気のある俳優が演じたほうが合っていると思う。

デンゼルはどうして知的さや正義的な雰囲気が残ってしまうので、浮気を正当化するのは、デンゼルのトロイには合っていない。

なので、トロイが死んでも何も思わなかった。

家族のためと称して自分の言うことを聞かせる、せっせと働く浮気しない真面目な頑固親父であれば、死んでからの葬式のシーンも感動があったと思うが、そうではない。

浮気はしてしまっても、すぐに反省していて欲しかった。

浮気を正当化するという描写がなければ、死んだら清々したけど、悲しみも込み上げてくる、という様な方向にも持っていけた気がする。

トロイの葬式の日に、「葬式には出ない」と言ったコーリーを奥さんがひっぱたき、叱るシーンがあるが、無理やりトロイを良い人にしようとしている感じもあり、今ひとつ感動できなかった。

なので一番良かったシーンは、やはり奥さんが浮気に激怒してトロイに気持ちをぶつけるシーンだ

もし浮気自体がバッサリなければそのシーンも生まれないので、浮気という描写自体は必要で、その後のトロイの態度が作品を暗くさせているんだろうと思う。

そういう意味で、途中から頑固親父というか、こいつ何なんだろう、とトロイに思ってしまうので、見終わってもスッキリとはしない感じだ。

終盤のシーンで、トロイの弟がラッパを吹き、みんなで天を見上げるシーンもあるが、ホロッと来るほどではない。

トロイの良かったシーン

トロイは頑固で、ダメな親父だったが、良いシーンはある。

コーリーが、自分を好きか?とトロイに聞くシーンで、トロイが「人に好かれるかどうかなんて気にするんじゃない」というセリフは良かった。

「それよりも俺に正当に評価されているかどうかを気にしろ」等とも言っていたが、コーリーは間違いなくトロイに正当に評価はされていない。

しかし、好きとか嫌いとか、そんな感情でトロイは子供を養っていない。

父親の責任として養っている訳で、嫌いとかじゃなく、父親役をやっているだけなんだろう。

だから人間としてコーリーを否定しているわけではない。

これも世の頑固父親の気持ちを代弁しているかのようなセリフだと思う。

ただ、こういう父親の場合、彼ら自身が描く父親像があまりにも独裁的で凝り固まっているので、子供には受け入れがたい。

その責任が子供にとったら重荷で、もっと気軽に考えるべきことなんだろうとは思う。

お前の人生なんだから俺は知らないよ、くらいでないと、責任などと言い出したら、たちまちこんな頑固親父になってしまう。

息子のライオンズが、お金を借りに来るが簡単には貸さない、そして返しに来ても受け取らない、というのは、頑固うんぬん抜きにして良い。

貸すことは簡単だが、大した理由がないのであれば貸さない勇気を持つほうが尊いと思う

ここらへんの序盤の強い父親像は、頑固な部分があるにせよ、筋が通っているので、大分良かった。

浮気はしたにしろ、この筋が通った父親像で最後まで行ってもらえれば、もっと面白くなったと思う。

独特の演劇的表現がとっつきにくい

物語が始まってから、やたらと長台詞が続き、演技的に迫力はあるものの、少しリアルではない違和感がある。

それは、これがもともと演劇であり、それをそのまま映画にしたからで、

長ゼリフはもちろん、決められた人間しかほぼ出てこない、同じ様な場面(トロイの家)が多いなど、全部合わさって独特のとっつきにくさがある。

特に前半は舞台演劇そのもので、少し見るのが億劫になる。

コーリーの学校での様子やライオンズの音楽を演奏している場面や、家以外のドキュメント的要素がもう少し多くても良かった気がする

奥さんがトロイに気持ちをぶつける長ゼリフは非常に良いが。

そういった舞台独特の窮屈さが、映画というジャンルが持つべきリアルさを少し欠けさせていて、見づらくさせているので、もったいない作品だと思う。

それを差し引いても、迫力のある会話劇は悪くないが。

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