英題:Moonlight
監督-バリー・ジェンキンス 2016年 111分
脚本-バリー・ジェンキンス
出演者-トレヴァンテ・ローズ、アンドレ・ホランド、マハーシャラ・アリ、ナオミ・ハリス、他
映画「ムーンライト」のあらすじ
父はおらず、情緒不安定なドラッグ中毒の母と二人で暮らしていた少年シャロンは、その引っ込み思案な性格から学校では虐められていた。
家にも学校にも居場所がないシャロンだったが、心のよりどころは、普通に接してくれるクラスメイトのケヴィンと、父のように優しく接してくれるドラッグディーラーのフアンだけだった。
“物足りない”理由と考察、その感想
映像は確かに色合いが美しいが・・・
酷い境遇で育った少年の半生を描いた作品。
アカデミー賞の作品賞、助演男優賞、脚色賞を受賞し、黒人社会が舞台で、同性愛の要素もあり、何かと話題になった作品なので見てみたが、物足りなさを感じた。
映像は非常に美しく、説明があまりなく淡々と進んでいく感じがまるでドキュメントを見ているかのように感じた。
ドキュメントのように見えることが良いことか悪いことかは置いておく。
同性愛や、うまくいかない人生を肯定するかのようなメッセージが入っているのはわかるが、主人公のシャロンを好きになれなかった。
シャロンは、大人になってからはドラッグの売人になってしまう。
母がドラッグ中毒になり、あれほど身近にドラッグの怖さを感じて知っているはずなのに。
確かに酷い環境であるには違いないが、そんな酷い環境でも、道を踏み外さずに全うに生きている人はいくらでもいる訳で、どちらかというとそっちの人間の方が見たかった。
環境が酷いから犯罪に手を染めるのはしょうがなかったとは思いたくない。
犯罪を否定しているわけではない雰囲気の終わり方も納得いかない。
シャロンはケヴィンと再会したことで心を入れ替えて生きていけるのか?
もしそうだとしたら、シャロンの自分の生き方に対する反省のような描写が足りなすぎる。
母の前で泣くくらいでは全然足りない。
シャロンがドラッグのディーラーをしている姿も様になりすぎて、過去がフラッシュバックすることはあっても、自分の仕事に葛藤を感じているような素振りなど見えない。
筋骨隆々になりすぎて、別人になりすぎている様も不自然だ。
シャロンは、売人になったのは刑務所で仕事を紹介されただけだ、と言っていたが、なるほどとすっと理解などできないし、いまいちリアルさに欠ける。
せめて、それしか生きる術がなかったんだと言って欲しいが、本当にそれしか生きる術はないとも思えない。
確かになよなよしていたが、シャロンはフアンに対してドラッグを売っていることを幼いながらに責めていたし、ケビンを体を張って守り、一回やり返しはしたものの、いじめにも我慢して耐えれるような人間だ。
そんな人間でも、母も、父代わりのおじさんも、自分の町でも、刑務所でも、自分の生活圏にドラッグが溢れているからディーラーになってしまう、というのが、アメリカ社会から見るとリアルに見えるのか?
むしろ、ディーラーはシャロンをいじめていたような人間ではなく、フアンのような優しい人間ばかりだから、シャロンはなびいたってことか?
絶対そんなわけなく、シャロンをいじめていた連中のような人間もいっぱいいるはずだ。
よく分からないが、百歩譲ってなんだかんだでディーラーになったとして、趣味嗜好までがらりと変えてしまうというのが、よりリアルさから遠ざかっている。
裕福になっている必要もないと思う。
説明不足というより、リアルでないということだが、仮に説明不足だとしよう。
これがアカデミー賞をとった理由に、もしリアルなアメリカ社会の闇を描いているからだとしたら、この説明不足をアメリカ人は補完できてしまうのか?
それほどまでにアメリカではドラッグが身近で、ディーラーになることをさほど悪いとも思っていないんじゃないかとも思ってしまう。
日本人からすると、ドラッグのディーラーなんて犯罪者以外の何物でもないが、アメリカ人からするとそこまで悪いと思っていないから、シャロンの生き方もそれはそれであり、と雑に肯定してしまえるということか?
ドラッグに人生を狂わされたが、救われもした、そんな酷い環境に振り回されてしまった被害者であるシャロンが自分らしさを取り戻した姿が美しいということか?
いやいや、そうは思えない。
それなら、ケヴィンに会って心を許した時に、自分の弱さを全て認めて泣き崩れるくらいの描写が欲しい。
ドラッグに自分や家族を苦しめられてきたにも関わらず、自らがディーラーになってしまったこと、フアンの教えなど守っていなかったこと、強く見せようと体を改造してしまう心の弱さ、などもろもろ全て吐き出して欲しい。
ケヴィンももっと怒らなければいけない。
ただ犯罪者が恋人を手に入れた、ということを見せたいわけではないだろう。
こんな淡い感じにするのであれば、無理にディーラーにする必要はないと思うが、それだと自らの人生を狂わせたドラッグで生計を立てるようになるという寓話的な皮肉な要素がなくなってしまうので、こっちを選んだということなのだろう。
寓話的でディーラーにしたのは良いが、それを全てすっと理解させるほどの説得力のある強い描写はない。
かといってリアルなドキュメントかというと、寓話的な要素がリアルさを邪魔している。
気持ちの良い寓話でもなければ、リアルなドキュメントでもなく、その融合でもない。
ドキュメントタッチのつまらない寓話といった感じか。
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